彼女は幽霊
瀬戸千衣
彼女は幽霊
変わらない日々。
俺__
その観察とは…
「おい!今日の放課後…」
「今から部活のミーティングが…」
「ねぇ、知ってる?隣のクラスの…」
このざわめきが広がる教室で。
静かに本を読みながらお弁当を食べている彼女__
彼女は特に仲のいい友達も作らず、いつも1人でいる。
休み時間はずっと本を読んでいるし、部活動には何も入ってない。
でも、このクラスを彼女以上に思ってくれている人はいないと思う。
彼女は周りのことによく気づき、いち早くその問題を片付けてくれる。でも、それが早すぎて誰も気づいていないことが多い。
まさに縁の下の力持ちだ。
そして、それに気づいているのも彼女のことを観察しているのも、きっと俺しかいない。
彼女もまた、俺が観察していることに気づいていないと思う。
だって、彼女は結構長く前髪を伸ばしていて、その顔を見たことはない。だから彼女から見ても視界は悪いはずだ。
俺はその顔がちょっと気になる…
だって、見えている鼻や口はきれいな形をしている。
それから予想する限り美人なんだけどな…
「晴!担任が呼んでたぞ!」
自分の名前が呼ばれているのにはっと気がついた。
「…ん?あ、あぁ。わかった」
ダメだダメだ。
神谷さんを見ていることは誰にも気づかれないようにしているのに。
教えてくれた友達に礼を言って教室を出た。
…それにしても。
何でみんなは神谷さんが色々やってくれてることに気づいてないんだろう。
クラスの子の物がなくなった時や行事で何か起こったとき。
対処をしてくれているのは彼女なのに。
事前に起こらないように気を付けているのも彼女だ。
そんなことを考えながら担任のところへ行く。
そして押し付けられたどうでもいい仕事をしている時も彼女のことを考えていた。
「はぁ…やっと終わった…」
薄暗くなった廊下を1人歩く。
もう校舎内に生徒はほとんど残っていなくて。
そんな中、自分の鞄を取りに教室へ向かった。
すると。
「土屋くん。お疲れ様です」
神谷さんがいた。
なんでいるんだ?
見る限り彼女は用事があるわけでも、何かしているわけでもない。
ただ、俺を待っていたみたいにそう言って鞄を差し出した。
「…あ、ありがとう」
大人しく鞄を受けとれば、その綺麗な口が弧を描いた。
思わず口元をガン見した。
「じゃあ、また明日ですね。さようなら」
彼女は俺が口元を見てることに気づかず、教室を出ていった。
…ん?彼女は何をしてたんだ?
たったそれだけで帰っていった彼女に疑問が浮かぶ。
彼女の考えていることはわからない。
次の日。
いつも通りに学校へ行っていつも通り彼女を観察した。
昨日の彼女の意味不明な行動についても考えながら。
「な!な!お前って好きなやついんの?」
お昼休み。
結構仲のいいクラスの男子にそう聞かれた。
そいつがそう言った瞬間、クラスの女子が耳を澄ました気がしたけど、気のせいだろう。
「好きなやつ?」
「おう!好きなやつじゃなくても、気になるやつとか」
気になるやつか…
あ、それなら…
「…神谷さん、かな」
「神谷?」
教室の空気が重くなった気がした。
「…誰だそれ」
「は?」
なに言ってんだ、こいつ。
「違うクラスのやつか?あれ、でもそんなやついたっけ?じゃあ、違う学年?」
「…何言ってんだ?」
周りを見渡せば、クラスメイトも不思議そうな顔をしていて。
誰も神谷さんのことを知らないみたいだった。
どういうことだ?
神谷さんはこのクラスなのに。
「もしかして年上か~?やるな~」
「…いや、このクラスのやつだけど」
「は?」
ちらりと神谷さんの方を見れば、ポツンと机だけが置いてあって。
どこに行ったんだろう?
今まで神谷さんが自分の机にいなかったことなんてほとんどなかったのに
「は?何言ってんだ?このクラスに神谷なんてやついないだろ。
な、お前知ってるか?」
「いや、知らねぇ。
晴、お前何言ってんだよ」
…なんだ?何が起こってるんだ?
訳がわからない。
みんなが口々に「いない」「知らない」と言う。
俺も負けじと彼女の特徴やみんなと話しているのを見たことあるって言ったのに誰も聞いてくれなかった。
あんなにこのクラスのために動いてくれて。
助けてくれているのに。
誰も誰も覚えていない。
誰も誰も知らない。
ふと思う。
神谷さんがクラスメイトと話しているところを見たことがないこと。
微笑んだ彼女の口元が脳裏に浮かんだ。
彼女は幽霊。
彼女は幽霊 瀬戸千衣 @Setoti-
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