第3話 可愛い所

れいさん、澪さんの名前を呼んで『呼んでみただけー』ってやっていい?」


「そういうのって聞いてからやるものですか?」


 学校が終わって一緒に帰る。


 そしてそのまま僕の部屋でお話するのが僕達の毎日の流れ。


 栞代かよさんが居るか居ないかで変わってくるけど。


「ちなみにやってもいいの?」


「そうですね、学校や外でなければいいですよ」


「じゃあ今度やるね」


「今はやらないんですか?」


「だって言わないでやった方がいいんでしょ?」


「そうですけど……頑張ります」


 なんだか澪さんが浮かない顔をする。


「嫌?」


「嫌じゃないです。ただ絶対に照れちゃうなって思いまして」


「照れてる澪さん可愛いから僕は嬉しい」


「そんなこと言われたら何も言えないじゃないですか」


 澪さんが「もう!」と言ってそっぽを向く。


 多分怒られてるんだろうけど、澪さんが可愛くて怒られてる気にならない。


大雅たいがさん」


「なに?」


「大雅さんは……」


「僕は?」


「いえ、なんでもないです」


 澪さんが僕に笑顔を向ける。


 これはなんか違う。


「やだ」


「はい?」


「言いたいことがあったら言って。僕は澪さんの笑顔大好きだけど、無理やりの笑顔はやだ」


 澪さんはたまに辛そうな笑顔になる時がある。


 僕が何かしたせいなら謝るし、それでも駄目なら僕を澪さんの好きにしてもらっていい。


 だから澪さんにはいつも素の笑顔でいて欲しい。


「さすがにわかりますか」


「僕のこと馬鹿にしてる? 確かに祐希ゆうきや栞代さんからは『ふわふわしてる』って言われるけど、澪さんのことはちゃんと見てるから」


「そんなまっすぐ言われると恥ずかしいです。でも、それ以上に嬉しいです」


 澪さんがまた僕に笑顔を向ける。


 そう、この笑顔が澪さんの笑顔。


「えっとですね、聞きたいことがあったんですけど、自分で言うのもあれかなって思いまして」


「なぁに?」


「あ、可愛い。とか言ってる場合じゃないですよね。えと、大雅さんは私を『可愛い』って言いますけど、私って自分では可愛げないと思ってるんですよ。駄狐だこも言ってましたけど、多分大雅さん以外の人はみんな。だからど──」


「まずね、澪さんは笑顔が可愛いの。ぱぁってお花が咲くみたいで。それでね、これは聞いたことはないからそうなのかわかんないけど、澪さんの敬語って相手を言葉で傷つけたくないからだよね? そういう優しいところも可愛いしすごいなって思う。後ね髪、は綺麗だから可愛いじゃないんだよね。あ、目はクリクリしてて可愛い。それとね──」


「も、もう十分わかりました。このままだと私の体のパーツを全て『可愛い』と『綺麗』で分けられそうなのでもう大丈夫です」


「そう?」


 澪さんが満足したのならいいか。


 まあさすがに澪さんの全ての体のパーツを『可愛い』と『綺麗』に分けるのは無理だ。


 だって見えない所は分けようがないから。


「大雅さんなら見えたら内臓まで分けそうですよね」


「僕は澪さんの全部が好きだから。でも、栞代さんに『それは重いって思われるかもだから気をつけてね』って言われたの」


 好きな人を好きになり過ぎると嫌われるのは知らなかった。


 祐希が前に言ってたけど、付き合い立ての時の気持ちをキープできると長続きするらしい。


 澪さんと付き合い始めた時の気持ちをキープする。


 付き合い始めた時を……


「大雅さん、私は大雅からの愛情ならどんなに大きくても受け止めます。絶対に私よりも少ないのは確定ですから安心して私を愛してください」


「ぼ、僕の方が澪さんのこと好きだもん」


「それはどうですかね。私は手を抜いてるだけで本気を出したら大雅さんが引くぐらいに愛しますよ?」


「なんで手を抜くの?」


「私が攻めすぎたら大雅さんが私を攻められなくなっちゃうからです。私は欲張りなので大雅さんに愛されてる自覚が欲しいので」


 澪さんが胸を張りながらドヤ顔で言う。


 なんか『むぅ』ってなる。


「負けないもん」


「それは私が本気を出してないから私がどれだけ大雅さんを好きか知らないから言えるんですよ」


「じゃあ勝負しよ」


「いいですよ。と、言いたいところなのですけど、時間切れです」


 澪さんがそう言って窓の外を見るので僕も一緒に顔を向ける。


 確かにもう少しで日が落ちて暗くなってしまう。


「僕が送れればいいのに」


「そのお気持ちだけで嬉しいですよ」


 僕はとある事情から一人で外を歩けない。


 だから毎日澪さんに学校への送り迎えをお願いしてもらつている。


「どうしても直らないんだよね、方向音痴」


 僕は極度の方向音痴で、何度も歩いてる学校からの登下校の道でも一人では迷う。


 初めての道なんて使うものなら一生家に帰れなくなるかもしれない。


 だから栞代さんに一人で外を歩くのを禁止されてしまった。


「私は大雅さんと一緒に居られる大義名分が得られて嬉しいです」


「僕も澪さんと居られて嬉しいけど、ごめんね」


「またそれです。大雅さんが悪いわけじゃないんですから」


「方向音痴で困らせてるのは僕のせいだよ」


 僕が方向音痴なのは誰のせいでもないかもしれないけど、澪さんに送り迎えを頼んでるのは僕が方向音痴のせいだ。


 どうして右に行くところを左に行ってしまうのだろうか。


「……」


「澪さん?」


「あ、なんでもないです。それよりも、私は困ってないですから。もしも大雅さんが方向音痴じゃなくても毎日送り迎えしますからね?」


「ほんとに?」


「はい。私は重い女なので」


 澪さんがはにかむように笑う。


 こんな顔ずるい。


 こんな顔されたら、気づかないフリをしてしまう。


「じゃあ私はそろそろ帰りますね」


「うん。また明日ね」


「はい。また明日です」


 澪さんを玄関まで送って部屋に戻る。


 さすがの僕でも家の中では行きたい場所に行ける。


 適当に歩いててもいつかは着くから。


 それよりも。


「やっぱり何かあるんだよね。僕の知らないこと」


 澪さんは何かを隠している。


 澪さんだけではなく祐希や栞代さんも。


 隠してるのはわかるんだけど、それを隠してる理由が僕の為なのもわかる。


 だから僕が聞くのは駄目だ。


「澪さんと付き合い始めたのは……わかる、入学式の日に僕が一目惚れをして告白をしたら澪さんが受け入れてくれた」


 さっきはなぜか違和感を感じたけど今なら思い出せる。


「よくわかんないけど、みんなが僕の為に隠してるんならその時がきたら教えてくれるよね」


 みんなが言わなくていいと思って隠してるのなら僕が今考えても無駄だ。


 だったら今考えるべきことを考える。


「晩ご飯何食べよっかな」


 そうして難しいことを考えるのをやめた僕は晩ご飯を食べました。


 美味しかったです。

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