28 ショッキングなこと

 突如飛び出してきた刃物男は、目を血走らせて飛びかかってきた。オルナン国王はすっとかわして腕をぐりんっとひねって抑え込んだ。おお、柔道部みたいでかっこいい。


「マリナ! 急いで自警団を呼んできてくれ!」


「じ、自警団!? どこにいらっしゃるの?!」


「白兎亭の角を曲がったところに詰所がある! 急いで!」


「わ、わかりましたわ!」


 わたしは走り出した。

 ここまで健康に全振りして生きていた結果とでも言うべきなのか、少々、いやだいぶ遅いものの、フォームはしっかりしているし、走る才能のない肉体にしてはよく走れていると思う。


 ダッシュで角を曲がり、自警団の詰所に飛び込む。


「刃物男が出ましたわ!! 取り締まってくださいまし!!」


 自警団の詰所でサイコロ遊びに興じていた男性二人は、顔を合わせてケラケラと笑った。


「刃物男だとよ」


「そんなので自警団にくるかよ。なあ」


 あ、この人たち、治安が悪いのが当たり前になっちゃったせいで危機感がゼロだ。慌てていると白兎亭の美魔女女将が現れた。


「どうしたの?」


「オルさんが刃物男に襲われて、」


「なんですって!? オルさんはオルナン王子、いやオルナン国王ですよ!? で、こっちのお嬢さんはマリナ・ウィステリア公爵令嬢なんですよ!? あんたらどれだけ仕事しないの!?」


 女将には全てバレバレだったらしい。にたにた笑っていた自警団員はビックリ顔になって飛び出していく。


「こっちですわ!」


 案内するとオルナン国王は刃物男に技をかけて動けないようにしているところだった。しかしわたしたちが戻ってきて安堵した一瞬の隙をついて、刃物男は手にした凶器を光らせた。


「あぶない!!!!」


 わたしが体当たりでナイフを奪う。ちょっとだけ足のあたりをナイフが掠めた。皮一枚少し切れたが、これくらいなら血は出ない。


「おひいさまがでしゃばるんじゃねえ! 確保だ確保!」


「いやそれおひいさまに話しかける口調かよ!?」


 とにかく刃物男は無事捕まった。自警団の人たちは刃物男に、横山光輝の水滸伝で見るような手かせをはめて、詰所までひいていった。


「ただだいーぶ薬でラリってっからちゃんと話ができるかはわかんねえですな」


「仕方なかろう。ここでは私は商家の若旦那で通しているから、あまり重い罰に問わないでやってくれ。暗殺しようとしたことにはしないでほしいんだ」


「ははっ」


 自警団は自警団なりに礼を尽くしているようだった。


「おひいさま、傷は痛みますか」


「いいえ? うすーく皮が引っ掻かれただけですもの」


「そうですか! お父上にはオルナン国王を救ったとお伝えしておきます!」


 ◇◇◇◇


「なんて無茶をしてくれるんだお前は。痛くないんだな? 本当に痛いところはないんだな?」


 父がひどく心配しているが、わたしはいたって元気である。

 母も珍しく心配そうな顔をしていて、やはり子供が怪我をするというのは親にとってショッキングなことなんだなあ、と納得する。


 じゃあ、トラックにはねられた藤堂和海の親は、田嶋くんの親は。田嶋くんの言う「屯田林憲三郎」式に生きているなら、きっとずっと心配をしているだろうし、死んでいるならお葬式をやっていることだろう。


 あれからずいぶん長いこと時間が経ったように感じる。


 わたしこの、マリナ・ウィステリアの親に、真面目に藤堂和海の話をしてみようかな、と思ったが、わたしが元気なことに納得した両親は、胸のつかえがとれたのかそれぞれ仕事に向かってしまった。貴族の奥方の仕事とはなんぞやと思うが、母のほうはわたしの嫁入りの支度で忙しいらしい。


 お妃になるのも悪くないな、と思った一方で、いや待て、王子だったころオルナン国王は侵略した土地の女を好き勝手したのではなかったか? と思い出していかんいかんと思い直す。

 どうしたものか。この辺りを探ってみたい。暴れん坊将軍みたいなことをやっていたオルナン国王がそんな酷いことをするとは思わないのだが。


 素直に、オルナン国王に聞いてみるか。手紙を書こうと引き出しを開けて便箋を取り出す。

 真面目に、そういう噂を聞いたのですけれども、と手紙を書いて、封筒に入れて蝋封し、メイド長に預ける。


「マリナさま、ご不安なので?」


「ええ。健康に全振りして過ごすと決めたので、国王陛下が拾ってこられた異国の病気をうつされたら嫌だなあとずっと思っていて……そういう方でないのは想像できるのですけれども」


「なるほど。マリナさまは健康でない時期が長うございましたものね。健康になりたいという気持ちは尊いものです。その気持ちを大事にして、これからもご健勝でお過ごしいただくために、我々も全力を尽くします」


 メイド長は微笑んで、若いメイドさんに手紙を託した。

 この気持ちを屋敷のみんなが大事にしてくれる。そう思うとなんだか嬉しい。


 ……さて、その2日後、オルナン国王から手紙の返事がきた。忙しいだろうに、真っ先に書いてもらえたのはありがたい。恐る恐る開けてみると、予想外の返事が入っていた。わたしはごくり、と唾を飲んだ。(つづく)

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