21 みな脳筋になっているぞ!!!!

 ぷっつんしそうになるのを必死でこらえて、あくまでも冷静に言う。


「王子殿下、いま国王陛下はご病気でふせっておられるのでしょう? そんななか結婚の話をするのはおかしいのでは? まずは陛下がご健康を取り戻されることを願うべきでは?」


「父上がふせっておるゆえこの話ができるのだ。父はそばめを置くなという。妻は1人にせよという。いままでの歴代の王の中にはそばめどころか広大な後宮を持っていた王もいたというのに」


 アルベルト、いや田嶋くんに話したら「中華後宮ミステリだ!!」となるのだろうか。中華じゃないけれど。

 とにかく相変わらずオルナン王子はクズであった。こんな劣悪物件いらんわーい。そう思うがキャロルに押し付けるのも申し訳ない。


 どうしたもんじゃろのう。

 そう考えているとオルナン王子はおそらくズルい笑顔というやつに分類されるであろう笑顔になった。ぜんぜんズルくないのだが。


「2人で愛を語ろう」


「お断りいたしますわ。まずは悪所通いをすっぱりとやめていただき、こんなところで酔っ払いの夢みたいなお話をして油を売らずに、国王陛下のご回復まで王宮のお仕事を真面目に務められませ」


 オルナン王子は明らかに「興を削がれた」という顔をしている、まさに「鼻白らむ」という顔。


 そのあとオルナン王子がすごすごと帰っていく後ろ姿を眺めつつ、スポーツを奨励する方法を考えていた。日本でもスポーツ大会の会場に皇族がお出ましになることは少なからずあるのだ、我々貴族がスポーツを奨励することもできるのではないか。

 身分的にはほぼ王侯の公爵家なのだ、なんとかならないだろうか。それを昼食の時間、父親に相談してみる。


「ふむ……健康のための運動を流行らせたい。マリナは不健康ゆえに苦しんだからな」


「はい。流行らせるといっても歯を食いしばって鍛えるのでなく、あくまで楽しく、科学的根拠を持って健康になることを目指したいのです」


「いいのではないか。王陛下がご回復なされてのちになりそうだが……」


 サンドウィッチをもぐもぐと食べる。この世界においてもなぜかサンドウィッチはサンドウィッチと呼ばれている。しかし「サンドする」という言葉はないようだ。

 王陛下の容体はいまだ御三家にも伏せられている。父親の表情を見るに、もう国王の回復は望んでいないように見えた。


 ◇◇◇◇


 屋敷に帰ってからもコツコツと体を鍛えている。スクワットはなんとか10回程度ならできるようになった。足腰はかなり強化された感じだ。

 腕立て伏せやプランクも短時間ならできるようになった。うむ、健康!!

 同じクラスの美術部員くらいの体力はついたのではないだろうか。あの子たち本当に体力なかったっけな……。


 体を鍛えていたらメイドさんがおそるおそる、「あの、それは体を鍛えておられるのですか?」と聞いてきた。


「そうですわ。筋肉がないと弱りますもの」


「なるほど……! あの、私も一緒に鍛えてよろしいでしょうか?」


「もちろんですわ! みんなで腹筋をバッキバキに割りましょう!」


 ……それから数日。気がついたら屋敷じゅうの使用人に、筋トレが流行っていた。

 みんなスクワットをした回数を競い、腕立て伏せをした回数を競い、筋トレは一台ムーブメントとなってウィステリア家の屋敷を席巻した。

 いつの間にやら父親や母親まで体を鍛え始めた。王国最大級の貴族一門がみな脳筋になっているぞ!!!!


 ウィステリア家で筋トレが大ブームというのが、ちょっと前に荘園の屋敷の様子をすっぱ抜いたあの雑誌にでかでかと載ってしまった。しかもすっぱ抜きでなくウィステリア公爵からのインタビューとして。


「健康は大事ですからな」


 父はそう言って鷹揚に笑った、とある。

 わたしからの受け売りを堂々と自分の発言にするとはなんというか腑に落ちない。まあ女に発言権などないのだろう。

 とにかくウィステリア公爵が体を鍛えておられる、と国中が体を鍛え始めることを期待したが、体を鍛える楽しさについてはインタビューにはなかったので、国民の大半は「ふーん」であった。


 ◇◇◇◇


 そうやっているうちに荘園での仕事が終わった、とアルベルトが帰ってきて、屋敷の筋トレムードにビビっていた。

 わたしの父は「ボードゲームも盛んにしてほしい、みなに指導してくれ」と笑顔で言ったが、いま屋敷ではボードゲームでなく筋トレが流行っている。


 アルベルトの恨みっぽい視線を受け流す。別にわたしの責任じゃないもんね。

 それでも毎日恨みっぽく見てくるので、わたしは「使用人の組合に、クラブ活動を推奨するのはどうかしら」と提案してみた。

 すると「それはいいな」と父は言う。そういうわけで、筋トレでは楽しめない歳のいった使用人や、運動の苦手な使用人はボードゲームを、体を鍛えたい使用人は筋トレをすることになった。


 どんどんいい方向に転がってきてうれしいと思っていると、なにやら廊下の済でメイドさんたちがヒソヒソ話をしている。


「なんのお話かしら?」と割り込むと、メイドさんたちはバラバラと逃げていった。

 あとで別のメイドさんから聞いた話によると、態度のよくない筋トレ組のメイドたちが、ボードゲーム組の男性使用人の悪口を言うのだという。

 完全なる「いじめ」の構造ではないか。これは是正せねばならぬ。(つづく)

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