13 地獄に味があるとすれば

 シャワーで済ますとなんとなく寒かった。面倒でも湯船にお湯を張ったほうがよかっただろうか。この世界にはドライヤーがない上にめちゃめちゃロングヘアなのでメイドさんに梳きながら乾かしてもらっているのだが、いまメイドさんは台所で巨大ナマズと戦っている。

 まあなんとかなるでしょ。しつこくタオル(すごくゴワゴワする)で乾かし、なんとなく体力が削れた感じがするので寝て休むことにした。


 ふと目を覚ますと妙に薄寒い。

 フカフカの布団とフカフカの毛布に包まれているというのに寒い、うんこれは間違いない、風邪で熱が出ている。

 藤堂和海だったころは風邪なんて小学生のころかかってからひいたことがなかった。そしてその小学生のころかかった風邪もお医者さんがビックリする勢いで治ってしまった。


 しかし当時の自分より圧倒的に虚弱なマリナ・ウィステリアが風邪を引いたとなると、それは命を脅かす恐れがある。ベッドサイドのベルを鳴らすと、メイドさんが飛んできた。


「風邪をひいてしまったようですわ」


「あらー。おいしゃよぶか?」


「呼んでもらえたらいいのですけど……遠くの村に住んでいたりするのかしら?」


「んー、ちょっとやぶだけどむらにすんでるよ。よんでくる!」


 メイドさんは慌てて屋敷を飛び出していった。そして数分後呼ばれてきたのは顔と言わず体と言わずビッチリ刺青をした、いわゆるウィッチドクターであった。ほら、かの名作少女漫画「動物のお医者さん」で漆原教授とヤギ治し対決をしたあれだ。あれをもっと物騒な見た目にした感じだ。不安しかない。

 大丈夫なのか。ウィッチドクターはまずはなにか植物の筒を口にくわえて火をつけた。あ、タバコだ。そのタバコの副流煙たっぷりの煙を顔にかけられ、わたしは思わずムムム顔になってしまった。


「オヒイサマ。おいしゃのいうこときく、びょうきなおる」


「いえこんなので病気が治ったら医学の存在意義がないのですわ!!!!」


 ウィッチドクターがなにか話した。メイドさんが通訳してくれる。


「オヒイサマ、しゃべるいけないっておいしゃいってる」


「……」


 仕方ないので黙ることにした。果たしてこんなのでいいのか。

 続いてウィッチドクターはなにやら干した薬草を取り出し、わたしの顔をぱさぱさとそれで叩いた。叩かれるたびに甘い香りがする。なんだろうこの薬草。お茶にしたらおいしいんじゃないか。

 そのあとウィッチドクターはなにやら薬草の粉を練って作った錠剤を1日3回毎食飲むように言い、帰っていった。


 本当にこんなので風邪治るのんか????

 まだ激辛料理と激アツの風呂のほうがマシではないのか????


 そう思っていると咳が出た。肺の奥が痛む感じがする。けっこうひどい風邪ではないか。こじらせて肺炎になって死ぬのではないか。そう思ったもののポジティブなことがわたしのセールスポイントなので、とりあえず夕飯の席に向かおうとしてメイドさんに「オヒイサマ、ねてなきゃだめ」と叱られてしまった。


「だってもうお夕飯の時間でしょう、ゲホゴホ」


「オヒイサマのぶん、おぼんにのせてもっていくから。ぼーいふれんどにうつしたらたいへん」


「だから彼は使用人であってボーイフレンドではないのですってば、ゲホゴホ」


 納得してもらえなかったらしい。メイドさんは台所に戻って、器にナマズの煮物とこねて蒸したイモを盛り付け、お盆にのせて持ってきた。


「えいようつける。かぜはよわるとひどくなる。たべおわったらおくすりのむ」


「分かりましたってば。もう……」


「……あ」


 メイドさんが何かに気付いたようだった。


「おうこくぐんのきちに、おうこくのおいしゃいるかも」


 もっと早く気付いてくれよ、と思った。


 ◇◇◇◇


 とりあえずまだ鼻詰まりまでは至っていないので、たいへんおいしくナマズとイモを食し、最後に水でウィッチドクターの置いていった丸薬を飲んだ。地獄に味があるとすればこういう味なんだろうな、と思った。


 少ししてメイドさんが王国軍の基地から王国の医師を連れてきた。さっきのウィッチドクターよりはマシであろう、という印象の医師だ。

 医師は口の中やのどを観察し、聴診器で肺の音を聞いて、熱さましの薬と咳止めの薬を処方してくれたのだが、これも薬草の根っこみたいなやつで、煎じて飲めというのだから「うーん大プリニウスの博物誌〜!!!!」と思ってしまった。

 きっとハゲにはタツノオトシゴが効くとか言うのだろう。なんというか王国という国は古代ローマ帝国と17世紀フランスとヴィクトリア朝イギリスをごっちゃにしたような印象を受ける。

 とにかく薬を煎じてもらってこぺこぺ飲む。なんというか日本の政治家の吸っている甘い汁ってこういう味なんだろうな、と思った。


 薬は現代医学のそれとは違いすぐ効くわけでない。しばしゲホゴホし熱を上げてぐったりしていると、メイドさんが入ってきた。


「ぼーいふれんど、しんぱいしてるよ。おうとにてがみかけばいいかっていってるよ」


「ですからボーイフレンドではありませんわ。あとお手紙は無用です。また父と王子殿下が押しかけてくる恐れがありますもの」


「わかった。オヒイサマ、よくねるとなおる」


 しかしこの風邪がとにかくしぶとかった。熱は下がらないし咳は出るしで、虚弱体質を呪った。

 なんだかんだひと月ちかく風邪を引いて過ごした。見事に筋肉が落ちている。肺も弱ったようだ。鍛え直さねば、と思っていると、農場のほうから愉快そうな笑い声が聞こえた。(つづく)

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