11 文通女王にわたしはならない

 キャロルから届いた手紙を開いてみる。てっきり勝ち組を自慢する意地悪な手紙だろうと思っていたらぜんぜんそんなことはなかった。


「男女間でうつる病気があるなんて知らなかったです」


「娼館というところですることが男女の関係であるということは、あたしは王子殿下にとって愛する相手ではないということなのでしょうか」


「ヒ素入りのお菓子は女学校で流行っていて、お友達に勧められたけれど怖くて食べられなかったです」


「マグノリア家のお父様に、家庭教師をつけるから女学校をやめるようにと言われていて、お友達とお別れしたくなくて毎晩泣いています」


 いたって正常な価値観で見ると貴族社会がいかに狂っているかよく分かるというものだ。とりあえずキャロルが思いのほかきちんとした子だと分かり安堵したのだった。

 友達……か。マリナ・ウィステリアという人間は生まれたときから公爵令嬢だったので、友達というものがいない。もしかしたら子供のころは乳母の子供とかそういう人と仲良くしていたのかもしれないが、少なくとも現段階では記憶にない。


 正しい体裁で届けられた手紙なのだからこちらも正しい体裁で手紙を返さねばならぬ。まさに世は大文通時代。文通女王にわたしはならない。

 オルナン王子殿下が荘園に来ていったが、ご自分の欠点にさっぱりお気づきにならないという欠点を露呈していた、と書いたら自分でもおかしくなって笑ってしまった。


 手紙を出したい、でもわらじはちょっと公爵令嬢らしくないし王都から持ってきた靴では歩きにくい、メイドさんはどこだろう、と思っていると、メイドさんが誰かを連れてきた。南方でたまに見る、ド派手なスーツに身を包んだオシャレを好む男性だ。足元はピッカピカに輝く革靴を履いている。


「オヒイサマ、くつをつくるひとつれてきた」


 ド派手なスーツの男性は靴職人らしい。言葉はあんまり通じないのでメイドさんに通訳してもらい、靴の型紙を作ってもらった。


「オヒイサマ、どういうくつがいいか」


「そうですわね、歩いたり走ったりしてもくたびれない靴がいいですわ。あ、わたしも疲れず靴も傷まない、という意味でしてよ」


 メイドさんが靴職人に説明すると、まかせろと言わんばかりにサムズアップを向けてきた。おお、これがボディー・ランゲージ。


 1ヶ月後だという靴の仕上がりをワクワクと待ちつつ、メイドさんの仕事をすこし手伝う。完全になんにもしないのは気持ちが悪いからだ。いやお魚は切り身になって売っているのを買っていた令和の高校生だから魚を捌くまではできないけれど。

 きょうはナマズでなくふつうのサバのような魚だ。海が近いのだろうか。それを納豆で出汁をとった、トウガラシの効いたスープにドボンする。たくさんの野菜も放り込まれる。

 なお話を聞いてみるにこの納豆は大豆ではなく大きな木の種らしい。匂いだけは納豆なのだが、メイドさんが見ていない隙にひと粒口に入れたら歯が折れるかと思った。

 歯が折れたら一大事だ、この世界に歯科医療は存在するのかすら怪しいのだから。


 というわけでサバスープができた。皿に盛り付けてこねたイモを蒸したやつとともに食べる。うまい。こういうのでいいんだよこういうので。

 思えば王都の実家で摂る食事は豪華なばかりで栄養バランスがなっていなかった。医食同源というやつで、健康な食事を摂ることは大事なことである。

 お腹いっぱいになるのが早い! と思いつつも、これだけ食べられるようになったのは成長というか回復なんだよなあとしみじみと思う。もうスープの皿は空っぽだしイモをこねて蒸したやつも半分くらいだ。健康!!


「イモ、おおいか?」


 メイドさんが心配してそう聞いてきたので、「ええ、少し。でももうじきちゃんと食べられるようになると思いますわ」と答えた。メイドさんはニコッと笑った。思ったよりずっと若いのかもしれない。体つきが大きくてむちっとしているので年上だと思っていたのだが。


 ちょっと気になったので歳を聞いてみたところ、「たぶん、じゅうろく……か、じゅうなな」と言われた。ほぼ同世代、むしろちょっと年下。

 陸上競技の大会でよその学校の外国にルーツのある選手をみるたび(同世代に見えない……)と思っていたのをここで体験することになるとは。


「そうだ、明日手紙を出してきてくださらない? ついでに刺繍糸も買ってきてくれたら嬉しいわ」


 そう声をかけるとメイドさんは「おーけーわかったー」と明るく言った。頼りになるメイドさんだ。

 なおうっかりわらじを履いて郵便局に行って以来、なんとなく恥ずかしくて郵便局に行く気が起こらないので、これではダメだと思いつつメイドさんにお願いしている。


 次の日メイドさんは朝ご飯を支度してわたしと一緒に食べたあと、郵便局で手紙を出し、軍の基地に併設されている雑貨屋で刺繍糸を買ってきてくれた。軍の基地には奥さんや子供と一緒に赴任している軍人も多数いるので、雑貨やおもちゃもある程度手に入るのだ。


 戻ってきたメイドさんは「オヒイサマあてにてがみきてたよ」と手紙を渡してきた。だれだろうと思ったらなんと田嶋くんことアルベルトからだった。な、なにごとだ。ワクワクと困惑がいっぺんにくる。(つづく)

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