5-12
「親父、勝瀬組と手を結ぶんですか。それでいいんですか」
辰野が声を荒げた。
「金が足りねえんだ。あっちは用意できると言っている。乗らない手はない」
「しかし」
「言われた金額が手配できなかったら、取引はおじゃんだ。むこうは二度とうちと取引してくれなくなる。そうなったら困るのは俺たちなんだ。これはビジネスなんだ。啓吾、わかってくれ」
辰野はくっと歯噛みをして、拳を握って席を立った。黒木は組長に頭を下げて、その後を追った。
車に乗ると、辰野は短く出せ、と言った。
「くそっ」
彼は窓を思い切り叩くと、やりきれないように表を見た。運転手がどちらまで行かれますか、と言いにくそうに聞いた。
「……あの店だ」
こういう時にはパーッとやるに限る、辰野は言った。
あの店って、あの店か。黒木は嫌な予感がした。そう、あの店とは、あの女がいるあの店だ。まさか、もう一度行く羽目になるとは思わなかった。
昼間だというのに女たちが揃っていて、辰野は水割りをがぶ飲みした。
「太田、お前も飲め」
「いえ、俺は」
用心棒が昼間から飲むわけにはいかない。さりげなくあの女を探したが、幸か不幸か姿は見えなかった。
「誰を探してるの?」
隣についた女が、目ざとく言った。
「あ、いや」
「この間の子? あの子なら、辞めちゃったわよ」
「――」
「あなたのこと、しきりに褒めてたけどね。いい男だった、いい男だったってね。よっぽどよかったのね、あなた」
「おいおい太田、お前なかなかやるなあ」
「いえそんな」
「次は私がいいなあ」
「あら私よ」
黒木は立ち上がって、
「俺、ちょっと煙草吸ってきます」
と言って出ていった。
裏口で煙草を吸いながら、あの女のことをぼーっと考えた。辞めちゃったのか。名前くらい、聞いときゃよかったかな。
それからスマホを取り出して、碧の写真を見た。ああ、今どうしてるかな。会いたいな。
元気かな。
しばらくそこにいると、休憩入ります、と誰かが出てきた。
「どうも」
なかにいた女の一人だ。
「どうも」
彼女は黒木のスマホの画面をちらりと見ると、
「彼女?」
と聞いた。
「違うよ」
「じゃなに」
「なんでもない」
「それにしちゃ、熱心に見てたけど」
「気のせいだよ」
「ふーん」
女が煙草の煙をふう、と吐いた。
「どんな子?」
黒木は空を見上げた。
「いい子だよ。すごく、いい子。育ちがよくて、天真爛漫で、ちょっと変わってて、あと、干物」
「干物ぉ? なにそれ」
「部屋が散らかってるんだ」
「そんなのがいいの」
「でも水回りはぴかぴかなんだ」
「確かに変わってるわね」
「いつも一生懸命で、ちょっと傷つきやすくて、がんばってる」
「ふうん……耳の痛い話ね」
「あんたらも、がんばってるだろ」
女は顔を上げた。
「あらありがと。いいこと言ってくれるわね」
黒木は煙草を踏み潰した。
「俺、戻るよ」
「辞めちゃったあの子があなたのことべた褒めしてたの、なんとなくわかるわ」
通用口の扉を開けた黒木の背中に、女は言った。
「なんとなくね」
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