Eighteen Years' War ~三大陸千年紀~

川野遥

第1章 交易圏の外れ

①セルキーセ村包囲

大陸暦768年2月4日 セルキーセ村・1


「大将、早めに降伏して知らんふりするのがいいんじゃないですか?」



 ボーザ・インテグレズの低い声が響いた。


「一昨日赴任したばかりの大将なんて、相手も気にしないでしょう」


 尊重しているようであり、どこか馬鹿にしたような声。



 レファール・シグナートは渋い顔で村の外に再度視線を向ける。


 見える景色が変わることはない。

 村には小さな柵があるだけだが、その向こうには見渡す限り緑色の旗、旗、旗、と広がっている。隣国ナイヴァル国の旗だ。


 それぞれの旗の下には同じく緑色の貫頭衣を着たメイスを持つ兵士達がひしめきあっている。



 彼が赴任したばかりの人口110人の村・セルキーセは、数千から万に迫ろうという隣国ナイヴァルの軍に包囲されていたのである。




 話は一か月半前に遡る。大陸暦767年の年末だ。


 コルネー王国の首都・コレアルに住むレファール・シグナートは国家の衛士隊に志願したが、落第した。


 コルネーの衛士隊は一般の兵士よりも待遇が遥かに良い。3年勤務すれば部隊長クラスに昇格でき、そこで問題がなければ数年後には将官待遇を受けることが可能であった。

 もちろん、俸給もそれに伴って早い期間で上昇していく。


 レファールにとっては階級ももちろん魅力的ではあるが、実家の稼業……しがない皮なめし工人であれば十年かかる収入が一年間で得られるという、その事実の方が数倍魅力的であった。

 その給与があれば、家族の暮らしも楽になるし、同期の女子へのアピール材料も増える。

 要は衛士になるというステータスに惹かれて志願したのであった。


 もちろん、簡単なものでないことは事実だ。

 衛士隊はほとんどが各地の有力者……大土地所有者の関係者で占められている。そうした者達が専門的な勉強をしていることも間違いないが、それ以上に採用に際して依怙贔屓があるのだろう。

 ただ、レファールは体力には自信があったし、15歳の頃まで学んでいた兵学の講義で講師から「君は名軍師になれる」と言われたこともある。


 何とかなるかも、と思って志願した。


 しかし、落第した。



 覚悟はしていたものの、実際に落第するとショックも大きい。


 しかし、いつまでもへこたれているわけにもいかない。

 稼業を頑張りつつ来年もう一度と切り替えたところで海軍大臣のフェザート・クリュゲールから海軍本部に来るように呼び出しを受けたのである。


 フェザート・クリュゲールは30歳の若さで大臣まで上り詰めた英才である。大土地所有者であることは間違いないが、それでも誰にでも出来ることではない。相当な才能の持ち主である。


 そのフェザートから直々に呼び出されるということは名誉なこと。レファールはその時点では思っていた。


 海軍本部というだけあって、場所はコレアル港近くにある。港の方に視線を移すと、海軍の船であろう立派な艦隊が数を並べていた。自分もああいう船の一隻でも指揮できるのだろうかと期待していたレファールであったが、実際にそこで受けた命令は。


「北東にある小村セルキーセの守備隊長をしてほしい」


 というものであった。


「セルキーセ村、ですか?」


 まずそんな村の名前を聞いたことがなかった。

 聞けば、ナイヴァル国とフォクゼーレ帝国との国境近くにあるとはいえ、奥まった山の中の村だという。人口にいたってはたった110人である。


 どう考えても軍事的価値があるとは思えない。完璧な僻地である。


 レファールは落胆した。自分には上級士官になれるような才能がなく、現場の兵士として採用するのが適当と思われたと感じたのである。

 しかし。


「そういうわけではない。君の試験での成果は評価している。君も知っていると思うが、どうしても衛士一族の者が評価されるから落第という結果となったが、合格していても不思議はなかった。私は率直に評価しているので、君に現地経験を積ませたいと思って呼び出したのだ」


「確かに田舎の村だが、実際に責任者として赴任する経験は全く違う。君のように18歳の者を取り上げること自体異例だと思ってもらいたい。それに時間がある時には勉強してもらっても構わないし、来年、衛士隊に再度志願することも規則の上で全く問題がない」


 フェザートから再三説得されたこと、また、たかが村の責任者とはいえどもそのまま皮なめし工人になるよりは倍の給与が貰えるということもあり。


「承知いたしました。頑張ります!」


 と最終的には任務を引き受けたのである。



 それで、村に着いたのであるが二日もしないうちに、見張り兼村の木こりが「ナイヴァルの方から沢山兵士が来ている」と駆け込んできた。そこで確認のために向かってみたらざっと数えても五千を遥かに超える、おそらくは七千から八千の間であろう数のナイヴァル兵の姿があった。


 そして今に至る。



 村人達の反応は、「大変なことになった!」ではなく、「ナイヴァルの連中は何を考えているんだ?」であった。


「この村には110人くらいしかいないのだぞ」


「何で、数千人も兵を送ってくるかさっぱり分からん」


「ナイヴァルはわしらではなく、山の熊を討伐しに来たんじゃないか?」


 セルキーセの人口は110人である。正規の軍訓練を積んでいる者となると8人しかいない。もちろん、木こりか猟師の経験者は多いので、110人のほとんどが戦闘に参加することはできるが、相手はその百倍近くいる。


 何のためにそんな大軍が必要なのか、誰も理解できない。もちろん、レファールも理解できなかった。



 そんな状況での「大将、降伏して知らんふりでいいんじゃないか」という言葉であった。



地図・https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818622172246197411

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