月影魔法探偵事務所 〜過去の幻影と未来への誓い〜

リスキー・シルバーロ

プロローグ 師弟邂逅

夕陽と炎、始まりの約束

 ――六歳になったばかりの少年、櫛宮聖也(くしみやせいや)は泣いていた。

 崩れた家の残骸が燃え上がる瓦礫の山。薄暗い空は朱に染まり、焦げた木材がパチパチと悲鳴を上げながら崩れ落ちる音が響く。鼻を刺す肉の焼ける匂いが冷たい風に混じり、聖也を包み込んでいた。

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」

 小さな手は震えながら涙を拭い、変わり果てた両親に赦しを乞う。

 大好きだった。なのに顔に大きな火傷を負った幽霊みたいな男。そのあまりに異様な雰囲気と、全身に纏った恐ろしい炎に恐怖し、助けられなかった。その事実はあまりに重く、まだ幼い聖也の心では、到底受け止めることなどできなかった。

(……嫌だ。こんなに怖くて悲しいなら、こんなに心が痛いなら、全部忘れちゃいたい……)

 聖也の脳がチリチリと疼く。父親の大きな手、母親の柔らかい微笑み、温かい両親の想い出。それら全てがゆっくりと焼け落ちていく。

 そしてパァッ――と眩い光が聖也を包んだ。それは聖也に秘められた『魂共有』、心を閉ざす魔法の光。

「――あれ? パパとママって、どんな顔してたっけ……?」

 無意識のままに放った魔法は、聖也から悲しみと両親の記憶を全て消し去っていた。

「……誰か、誰かいないの……?」

 灰が舞い上がる周囲をキョロキョロ見渡し、温もりを求める。誰でも良い。誰かにそばにいて欲しかった。

 そんな生まれたばかりの雛のような背中に、炎の揺らめきを切り裂くような美しい声がかけられた。空気が一瞬澄んだかのように、風向きが変わる。

「おいお前、大丈夫か?」

「え……?」

 その時かけられた声は、聖也にとって一生忘れられないものになった――。


 ***


 誰もが振り返る銀髪の美女――月影リラは、その光景に胸を痛めていた。

 ある実験施設を破壊してから、当てもなく放浪していた小さな街で、リラは少年を発見した。

 自分を警戒し、離れていく魔力。覚えのある憎き男を思い出したが、それよりも少年のそばにいることを選んだ。

 少年を守るような体勢で倒れて燃える二つの遺体。その遺体に挟まれ、キョトンと純粋な表情を浮かべた少年。

 ――声をかけたのは同情と憐れみ。そして大きな予感を感じたから。

 大切なモノを奪われ、生きる目的を失くし、空っぽになった自分。燃え盛る屋敷で、目の前で息絶えてしまった両親に、無力に泣き叫ぶことしかできなかった情けない自分。

 重ねてしまった。この少年は、過去の自分だと分かってしまった。……あの日の自分が目の前にいるようだった。

「……おねえ、さん?」

 その一言で悟った。恐怖も疑いもない、純粋すぎる声と瞳は、少年の心が過去を消し去ってしまったんだと。

(こいつ……いや、この子……)

 その瞬間、リラは悟った。これは偶然なんかじゃない。必然――運命だと。自分と同じ悲しみを背負った少年を、自分なんかに澄んだ瞳を向けてくれるこの子を、自分の手で守ろうと。

 かざした右手に魔法陣を光らせ、周囲の景色を一面の花畑に――優しい『幻影』に変え、少年に歩み寄った。

「……違う、月影(つきかげ)リラだ。お前を守ってやる」

 手の震えをギュッと抑え、サラサラの黒い髪を撫でると、少年は安心したように頬をほころばせた。

「……ほんと?」 

「うん。……約束だ」

 自分にしがみ付いてくる小さな体を、優しく抱きしめる。その温もりは、愛おしさは、リラの胸を締め付ける小さな希望になった。 


 夕陽と炎に照らされ、二つの影が重なっていた――。

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