転生幼女は聖女様!〜聖女の力を使って食事革命を起こします!〜

白咲 飛鳥

第1話 死ぬのはフォークと共に

 朝の通勤ラッシュは、相変わらず人で溢れていた。

 ぎゅうぎゅうの車内、私は無言で吊り革に掴まりながら、窓の外をぼんやり眺めていた。


 ……今日の仕込み、出汁が薄かったな。昆布の水出し時間が足りなかったか? それとも鰹の質か。いや、そもそもあのタイミングで追い鰹するべきだったか――


 思考の中で試作と反省を繰り返す。それが私、山瀬夏の日常だ。

 三十三歳、都内の有名レストランの副料理長。恋愛経験ゼロ。興味もなし。私の人生に必要なのは、料理と包丁、それにレシピだけ。


 だけど、その日。

 通勤電車の中で、私は唐突に“それ”を聞いた。


『……たすけて……』『……神の御業を……』『……光よ……』


 えっ?


 耳鳴りのような、でも確かに心に届く、何かの“声”。

 電車の騒音を貫いて、私の中に直接染み込んでくるような祈りの声が、胸の奥に響いた。


 その瞬間、視界が金色に染まった。

 私の両手が光を放ち、何かが……流れ込んでくる。


(えっ、えっ、なにこれ!? なんかめっちゃ……発光してる!?)


 乗客たちは私の存在を無視している。

 いや、見えていない?


 そのとき。


 車内の空間が、ぐにゃりと歪んだ。


「ステップ、ステップ♪ ターン☆」


 ……聞き覚えのない、軽快すぎるダンスのリズム。


 目の前が真っ白になり、私は気づけば空に浮かんでいた。

 青空、白い雲。そして、その上を優雅に舞う、一人の男。


 ――金髪に、淡く輝く蒼眼。

 ――高貴な印象の美丈夫。真っ白な神衣をまとい、微笑みながらステップを踏んでいる。


「ワン・ツー、ターン! フォーク・スピン♪」


 (いや、なんだその歌詞的なやつ!?)


 雲の上に、魔法陣のような紋様がいくつも浮かび上がり、きらめくエフェクトが爆発する。

 その中央から――何かが降ってきた。


(……え?)


 ――フォークだった。


 銀色の、巨大な、しかもキラキラしたフォーク。


 しかも一直線に、私の頭めがけて。


「ちょっ……ちょちょちょ待って待って待って!? フォーク!? 空から!? どんなギャグ――」


 ドスン。


 意識が闇に沈んだ。


 ……死んだ。空から降ってきたフォークで。


 あまりに理不尽な死因だった。


 次に目を覚ましたのは、柔らかい光が満ちる真っ白な空間だった。


 そこに、彼はいた。


「……あちゃー……やっちゃった……」


 さっきの、フォークを召喚した張本人。

 金髪蒼眼のイケメン。神らしき男は、私の前で顔を青ざめさせていた。


「ごめん! フォークダンスしてたら、うっかり魔法陣が暴走して……」


「暴走で済むかァァァァァッ!!」


 反射的にツッコんでいた。


「普通、空からフォーク降ってこないでしょ!? なんでフォーク!? てか何、あの技名!? フォーク・スピンってなに!? もはや事故じゃなくて魔法!!」


「いやほんと、ごめんってば……」


 神は困り笑いを浮かべつつ、指をパチンと鳴らした。

 契約書のような金色のパネルが空中に浮かぶ。


「で、まあ、せっかく聖女に覚醒しかけたし、加護つけて異世界に転生してもらおうかなって」


「……さらっと言ったね今!? ちょ、ちょっと待って、説明少なっ! 聖女って何!? 加護ってなに!? 異世界って……」


「調味料生成とか、鑑定とか、剣術とか、まぁ色々。あと、特別優遇措置もあるし」


「」


声にもならない叫び声を上げる。おそらく、私の顔はムンクの叫びのようになっているだろう。


「今の、絶対“ついでに死んじゃったから転生させとこ”ってノリでしょ!? 私、事故死したのに何その軽さ!?」


「まぁまぁまぁ! 世界的に人材不足なのよ今! 需要があるってことだから! それに、料理好きでしょ?」


「…………」


 確かに料理は好きだ。というか、それが私のすべてだった。


 だが……だがしかし……!


「せめて、死ぬ前に味噌汁飲みたかった……」


「大丈夫! 転生先で作れば飲めるよ!」


「慰めてんのそれ!?」


 こうして私は――転生した。だが、のちに知ることになる。この世の絶望を・・・(夏にとって)。


3年後の様子


 3歳の、貧乏貴族の娘として異世界に転生した。


 そして、最初に出されたスープを一口飲んだ瞬間。


(……なんっっっじゃこりゃぁぁ!?)


 塩気ゼロ、旨味ゼロ、なんかぬるい。水に野菜突っ込んで煮ただけ?


 あまりのまずさに頭を抱える。


(……神様、何も言ってなかったけど……これ、ヤバくない!?)


 そして確信した。


「……謀ったなぁ⁉︎」

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