第2話

春の風が少しずつ温かさを増し、桜の花びらが舞い散る頃――

剣道部を失った並日早百(なみひ さゆ)と蔵巴合亜(くらともえ あいあ)は、何か新しいものを探していた。


放課後の時間、二人は部活動見学を重ねていた。


「……うーん、どこも違うね。」


早百は、校舎裏のフェンスにもたれかかりながらため息をついた。

目の前には、野球部の掛け声が響き、グラウンドには活気あふれる風景が広がっていた。


「うん……。」


合亜も同じく、どこか腑に落ちない表情だった。

文化部も運動部も見学してみたが、どこにも自分たちが馴染める気がしなかった。


「演劇部とか、少し興味あったんだけど……。」


合亜は目を細めながら思い出した。

しかし、見学した時の独特の空気に馴染めず、早々に退出してしまったことを思い出して苦笑いする。


「私も……写真部、ちょっと憧れたけど。」


早百は首を振る。

でも、あの静かな空間で、一人でカメラを構える自分の姿は、どうしても想像できなかった。


「……どこにも居場所がないって感じ?」


合亜がふと呟いた。


剣道場という自分たちの場所を失ってしまった今、どこかに馴染めず漂うだけの存在になってしまったようだった。


「じゃあ、作ろうか。」


ぽつりと早百が言った。


「え?」


「私たちの場所……新しい部活、作ればいいんじゃない?」


合亜は目を丸くしたが、すぐにふっと笑った。


「さゆ、らしいね。でも、どんな部活?」


早百はしばらく考え込んだ。

部活動を新設するとなると、部員は最低でも2人必要で、顧問の先生も必要だった。

それに、活動内容がしっかりしていないと、学校側から許可が下りない。


「うーん……、本格的なのは無理だよね。」


早百は腕を組みながら考え込んだ。


「軽くて、自由で、私たちらしい……そんな部活……。」


合亜も考え込む。


「……あ。」


早百の目がふと輝いた。


「散歩部!」


「……散歩?」


「そう、散歩部!」


早百は少し頬を染めながら、でも確信を持った声で言った。


「ほら、散歩だったら、特に何かに縛られることもないし……。顧問の先生がつかなくても大丈夫そうじゃない?」


「……確かに。」


合亜も考え込んだ。

散歩部なら、運動部でも文化部でもなく、活動内容もシンプルだ。


「顧問がつかなくても、校外での活動報告書とか免除してもらえる?」


「部費はちゃんと出るのに、報告書は免除されるとか?」


「え、それ最高じゃん!」


合亜の顔がぱっと明るくなった。


「ね、私たち、遊ぶのが目的だけど……遊び部って名前じゃ、許可されないよね。」


「うん、だから“散歩部”なら、名目上はちゃんとしてる感じがするでしょ?」


早百の瞳には、剣道部を失った後の喪失感とは違う、どこか新しい希望の光が宿っていた。


「……やる?」


「うん!」


二人は顔を見合わせて、笑顔で頷いた。


散歩部、始動


数日後――


散歩部は正式に活動許可が下りた。


部室として割り当てられたのは、かつて剣道場だった場所。

今ではコミュニケーションスペースとして使われているその場所は、剣道の面影をわずかに残しつつ、新しい風が吹き込まれていた。


「ここなら、私たちの場所にできそうだね。」


早百は畳の隅に座り、かつての剣道場の空気を感じながら呟いた。


「……今度は、ここで新しい思い出を作ろう。」


合亜が隣に腰を下ろし、二人はしばらく無言で桜の花びらが風に舞うのを見つめていた。


「さゆ……これから、どこに散歩行こうか?」


「うーん……まずは、ダム散歩かな。」


「ダム?」


「うん、スケールの大きいところ、見たくない?」


「いいね……じゃあ、次は温泉?」


「温泉!それ、いいかも!」


二人は顔を見合わせて笑った。

剣道場で過ごした日々は終わったけれど――

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