赤の終焉と灰の遺産

雪風っ!

第1話「赤き曙光の下で」

 2025年4月1日、モスクワの空は灰色に染まっていた。かつてのアメリカ合衆国は「西側自治連邦」と呼ばれ、ソビエト連邦の衛星国家として存在していた。冷戦は1989年に終結しなかった。むしろ、ソ連が経済改革と軍事技術の革新で優位に立ち、1990年代末にアメリカを膝下に置いたのだ。


 私の名前はアレクセイ・ドミトリエフ、元KGBの末裔で、今は「統一情報局」の監視員だ。モスクワの中央タワーに座り、西側からのデータストリームを監視するのが仕事だ。この世界では、資本主義は敗北し、計画経済が地球を支配している。アメリカの自由の女神像は撤去され、代わりにレーニンの巨大な像がニューヨーク湾を見下ろす。


 今日の任務は、シカゴで噂される反乱の兆候を追うことだ。西側自治連邦は名ばかりの自治で、実質的にはソ連の傀儡だ。だが、時折、旧アメリカ人の間で「自由」を求める声が上がる。画面に映る暗号化されたメッセージを解読すると、「星条旗の復活」という言葉が浮かび上がった。笑止千万だ。彼らはまだ諦めていないらしい。


 ソ連が勝利した鍵は、1970年代の宇宙戦争にあった。アメリカがアポロ計画に夢中になっている間に、ソ連は極秘裏に「ズヴェズダ計画」を進めていた。1985年、月面に配備された核ミサイルがワシントンD.C.を標的に定め、レーガン政権は降伏を余儀なくされた。それ以降、世界は赤に染まった。資本主義は「歴史のゴミ箱」に投げ込まれ、マルクス主義が唯一の真理とされた。


 だが、この勝利に陰りが見え始めている。経済は停滞し、人民の不満は地下でくすぶっている。私自身、疑問を抱く瞬間がある。母が語った古い話——祖父がアメリカのジャズを密かに聴いていた時代——が頭を離れない。あの自由は本当に悪だったのか?

 シカゴからの信号が途切れた瞬間、タワーの警報が鳴り響いた。画面に映し出されたのは、星条旗を掲げる若者たちの姿だった。彼らは「自由」を叫び、ソ連の旗を燃やしていた。私は一瞬、目を疑った。こんな光景が2025年に見られるとは。


 上司の命令が飛ぶ。「反革命分子を特定しろ、アレクセイ。今すぐだ!」私はキーボードに手を置いたが、指が動かない。画面の中の若者たちの瞳には、私が忘れていた何かがあった。かつてのアメリカが持っていたもの——希望だ。


 ソ連は勝ったはずだ。だが、この瞬間、私は初めて敗北の味を感じた。赤い曙光の下で、世界はまだ終わっていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る