第16話 夏祭りの夜
夜空に大輪の花火が咲き、浴衣姿の人々が賑わう夏祭り。境内の片隅で、一人うつむく女性がいた。手には金魚すくいで失敗したらしい破れたポイが握られている。
「やっぱり、うまくいかないな…」ぽつりとつぶやいたその声に、すっと影が差す。「金魚、逃げちゃったの?」顔を上げると、爽やかな浴衣姿の男性が笑っていた。手には透明な袋に泳ぐ金魚が二匹。「これ、よかったらあげるよ。」「えっ? でも、そんな…」「大丈夫。俺、もう家に水槽ないし、連れて帰っても困っちゃうんだ。」そう言って軽く笑うその顔に、女性の頬が少し赤く染まる。
「金魚すくいってさ、コツがいるんだよ。ポイを水に沈めすぎず、優しくすくうのがポイント。」「難しいですね…」「人生も同じさ。がむしゃらにやってもうまくいかないことがある。でも、少し力を抜いてみると、案外すくえることもあるんだ。」その言葉に、女性は思わず泣きそうになった。
「なんか…私、仕事でも同じように力みすぎてて。全部ダメだと思ってた。」「力を抜くって、怖いけどね。でも、大丈夫。今日は祭りなんだから、笑っておかないと損だよ。」そう言って差し出されたりんご飴。つやつやと赤く光るそれに、女性はつられて微笑んだ。
「じゃあ、花火が上がる場所まで一緒に行こうか。」「はい…ありがとうございます。」人混みをかき分けながら歩く二人。夜空に咲く花火が照らす中、ほんの少しずつ心の距離が近づいていく。「また来年も、この金魚たちが元気だったら、同じ場所で会おう。」そう約束する彼の声が、夏の夜に溶けていった。
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