第二章 1

 箕島は約束の時間に昨日と同じように藤沢南署の喫煙所に向かった。そこには明らかに寝ていないような滝本がコーヒー片手に煙草を咥えていた。

「おはようございます」と箕島は声をかけた。「昨日は眠ってないんですか?」

「適当に仮眠した」挨拶もそこそこに滝本は怠そうにかえした。

「もしかして他の件で忙しいとか」

「俺ンとこは優秀なのが揃ってるんだ。任せておけばいい」

 滝本は脇に置いていた資料を手に取った。「依田のことを調べてた」そう言って箕島に資料を手渡す。

 箕島は眺めてみたが、桝野との接点などあるようには思えなかった。

「依田の下のもんが藤沢の半グレと組んで若い奴らにヤクをばら撒いてるって噂がある。依田はそもそも大船の辺りが縄張りだった。こっちにも手を伸ばし始めたようだ」

 恐らく滝本の下はその事案を追ってるのではないか。箕島はそう思った。


 二人は例のコンビニに向かった。話が通っていたらしく店長にすぐにバックヤードに案内された。過去一ヶ月分は保存されているらしい。

「──居酒屋のあのお姉ちゃんを探せ」滝本は画面から目を離さずにそう指示した。

 制服を着ていない彼女を探すのは骨が折れるかと思ったが、意外にも早く見つけられた。運よく同じように髪を結っていたからだ。彼女はアイスの売り場で悩み始めた。だが女性がひとり入ってくると急に落ち着かなくなった。

「止めてくれ」滝本は静かに告げた。

 背の高い女性だった。タートルネックにカットソー。それにロングスカートだった。確かに地味な格好だった。髪は緩くひとつに纏められていた。

「もっとよく顔が見えればいいのだが」滝本が呟くと店長は何やら操作し始めた。

「このかたならよくいらっしゃいますよ。主に弁当類を買っていかれるんで、このカメラ位置なら顔が確認できるんじゃないでしょうか」

 滝本と箕島は画面ににじり寄った。確かに化粧っけがなく、眉毛も薄かった。目を引くほどの美人とは思えなかったが、化粧をすれば変わるものなんだろうか。

「この女性がこの男性と店に来たことはありますか?」滝本はプリントアウトした桝野の写真を見せた。

「いやあ、覚えがないですねえ。もしかしたら夜勤の子が知ってるかもしれません。まだ残ってるんで聞いてみます」店長はそう言って外へ出て行った。だが夜勤のバイトの子も覚えていなかった。

「本当に彼女なんでしょうか」

 箕島の問いに滝本は答えなかった。すると夜勤のバイトの子が急に戻って来た。

「あの、その男の人なら覚えてます。すごい美人と一緒に来店してました」

「いつ頃か思い出せるか?」

「確か──今月の祝日の夜です」

 店長は慌てて探し出す。深夜0時過ぎ。ブラウンのロングのニットワンピースの女性の連れは桝野だった。同僚の女性が話してくれた格好と一致する。

「さっきの女性とこの女性が同一人物ってことに気がつきました?」滝本は店長に尋ねた。

「いや……実際見ても気がつかないでしょうねえ」やはり男性の目より女性のほうが鋭いようだと箕島は思った。

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