第51話 協力
俺の緊張をよそに、大村長官は軽い調子で話し出す。
「とにかくだな、君は浅草での一件に何か関与していると思ったわけだ。結果は当たりだ。君は一体何を知っているのかね?」
「……」
「答えたくないか。まあいいだろう。別に君を逮捕するとかそんな事は考えておらんよ。儂は」
逮捕、という言葉に思わず手を握りしめる。じっとりと手に汗をかくが、夏の暑さのせいではない。
「大友君、儂はな、君の協力が得られればそれで満足なんじゃよ。人革派の目論んでいる、テロの情報などを知っていれば提供してほしい」
……この爺さん。何を考えているんだ? ここで俺が情報提供すれば、テロ組織の一員として、捕まえる気じゃないだろうな?
(その心配はないわ。その男、嘘は言っていない。……勿論、打算はあるけど、アンタをテロリストの仲間だとは微塵も思っていないわ)
シルヴィの声が、俺を冷静にさせた。
彼女のテレパシーの前では、誰も嘘をつき通すことは出来ない。
流石の大物政治家と言えど、心を読まれているとは想像とは思わないだろうし、対策も立てようがないだろう。
(シルヴィ。どうすればいいと思う?)
(そうね。素直に情報提供をしてもいいかもね。迷宮の状態がどうなっているのかまでは分からないから、一刻も早く見つけてもらった方が良いのは違いないわ)
(……そうだな。分かった、悪いがフォローしてくれ)
心中で相談し、俺は腹を決めた。
「……人革派と思しき連中は、都内にいくつもの迷宮を秘匿しています。その情報を提供しますので、すぐに摘発してください」
「なんと……。浅草だけではすまないと思っていたが、まだまだあるのだな。分かった。そのまま喋ってくれ」
大村長官は、答えを予測していた様だが、俺がシルヴィから伝えられた迷宮の住所を告げると、流石に驚いていた。
「都内だけでもあと4件もあるのか……すぐに迷宮庁の人間で調査に移る」
「……俺みたいな子供のいう事を信用するんですか?」
「伊達に政治の世界で生きとらんよ。君が嘘を言っているかどうかくらい、見抜ける。それに、今までの君の行動を見ていれば、テロリストの仲間などではないとわかる」
長官はすぐに聞き取った住所を手帳にメモを取り始める。俺の言う事を疑っていないようで、今度は俺が驚かされた。
政治家など、TVの向こうで偉そうにしているイメージしかなかったが、実際会ってみると、その先入観は覆された。
「さて、儂はもう行く。すぐにでも動かんと行かんからな。もし、他に何か情報があれば、名刺に書いてある番号に電話しなさい。儂への直通になっている」
「待ってください」
立ち去ろうとする長官を俺は呼び止めた。
「実はお願いがあります」
「うむ、陳情を聞くのは政治家の仕事だからな。遠慮なく言いなさい」
「妹と、黒田さん……既に把握しているとは思いますが、二人は人革派の人間に目をつけられている可能性があります」
「危険なのは君も同じだろう。……元クラスメイトの栗田。彼をきっかけに君の周囲では事件が起きているな。あまり大っぴらには言えんが、君の関係者には密かに警備をつける算段になっている。安心しなさい」
俺の考えは全て読まれているようだ。俺としては、特に長官に思う所がある訳ではないが、将来を見据えて、もう少し踏み込んでみるか。
「では、もう一つだけ、これはさっき言った長官が陳情と言っていいものです」
「ほう、面白いことを言うな。……で、何かな?」
「予算を確保してほしいんです」
「……予算? 探索費用でも工面してほしいのかね?」
「そんなちっぽけな話じゃありません。俺の情報や、今後の活躍次第で、宇宙開発予算を確保してほしいんです」
流石にこの話題は予期していなかったのか、長官はポカンとした顔をする。
「う、宇宙開発と来たか。管轄外だが話だけは聞こう」
「俺の素性は調査していると思いますが、死んだ父は宇宙開発を夢見ていました。妹が探索者になったのは、父の復讐のためですが、俺は違います。父の夢だった、SETIの復興。俺が探索者になって、迷宮の謎を解き明かした暁には、中断されている宇宙事業を復活されて欲しいんです」
「SETI……地球外生命体探索事業か。成程な……」
俺の話を聞き、長官は腕を組みながら唸る。
「分かった。時期的にはちょうどいい。財務省への概算要求をまとめている所だからな。私から文科相や他の連中には根回しをしてみよう」
「ほ、本当ですか!?」
「少なくとも、君の情報にはそれだけの価値はあった。無論、限度はあるが、出来ることはやってみよう」
思わず聞き返してしまったが、長官の即断即決には驚かされる。もっとも、社交辞令というか、その場しのぎに適当に答えただけかもしれない。
(その心配はいらないわ。この男、現状で出来る策を真剣に考えているわ。勿論、根底には打算があるけどね。一先ず予算の件は信用して問題ないわよ)
「さて、今度こそ失礼するよ。……おっと、忘れるところだった。これはお土産だ。持ち帰ってみんなで食べなさい」
「ど、どうも」
彼は持っていた紙袋を押し付けるように俺に渡すと、帽子を被りなおして颯爽と去っていった。
その大きな後ろ姿を、俺は黙って見送ることしかできなかった。
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