第14話 ポーズ
2001年3月1日12:14
七百四十三回目。
俺は前回同様に百果さんと合流して車を奪った。
前回と違うのは二つ。
一つ目は俺が猛ダッシュで無理やり助手席に乗り込んだこと。
二つ目は俺の怒りのせいで車内の空気が最悪なことだった。
「俺になにか言うことありますよね?」
「爆発はダメージあったかな?」
「無駄死にだったの分かってますよね?」
「うん」
最初はヘラヘラとしていた百果さんも、俺が一貫して冷徹な態度を保っていると徐々に殊勝な態度に変わっていった。
その程度で許されると思うな。
「何がしたかったんです?」
「漫画とかで、こちらへの攻撃の瞬間だけ実体化するタイプの敵って見たことあるだろう?」
「まあ、何かで見た覚えはありますけど」
「そういうのかと思って連続的な爆発を用意したんだが、そもそも爆発をすり抜けてから襲われて目論見が崩れたらしいね」
相変わらず百果さんは自分のことを人事のように話す。自分の命なのに本当に指先を切った程度にしか思っていないらしい。
「意図は分かりましたけど、何でそれを先に言わないんですか」
「だって君、止めるだろう」
「止めますよ」
「それじゃあ実験にならないだろう?」
「最終的に失敗するとしても、なんかこう安全対策とか用意してくださいよ。例えば百果さんに縄でも結んでおいて、攻撃が当たる瞬間に後ろに引っ張ってそこで爆発を起こすとか、今ちょっと考えただけでも思いつくんですが」
「それはそれで爆発に巻き込まれそうだけども」
「百果さんがやったやつよりはマシでしょう」
そもそも百果さんには奴が見えない。自力で奴の攻撃を躱すのは無理がある。俺の案も雑だが、百果さん一人でどうにかするよりはいくらかマシな筈だ。
彼女にそれくらいのことが分からない筈がない。
「そういうの分かってるんですよね?その上で無謀な真似をするのは、自分の命を粗末に扱っている証拠ですよね?」
「ごめんなさい」
百果さんの声からは反省の色が感じられなかった。
俺は可能な限り冷たい声で続けた。
「俺が聞きたい言葉……分かりますよね?」
「……もうしません」
「次からは絶対相談してくださいよ」
「……はい」
俺は深く溜め息を吐いた。
どうして年上の美人にこんな説教をしなきゃいけないのだろうか。
気を取り直してバックミラーを覗き込んでみると、ホースヘッドの姿はない。もうだいぶ引き離したらしい。どれくらい距離を稼いだのだろうか。そんなことを考えていると、俺がそれを話す未来を読んだのか百果さんもその話題を口にした。
「今回は向こうの速度でも測ってみようかと思ってたのに、君に説教されていたせいでそれどころじゃなかったよ」
「誰のせいです?」
「僕のせいです」
この期に及んで、どうして俺のせいにしようとしてくるのか。
これが
「そろそろ機嫌を直してくれないかな」
「まず、機嫌を直そうとするたびに怒らせるのを止めてくれます?」
「ほら、僕のパイスラでも好きなだけ見てていいから」
百果さんはシートベルトを意味ありげに引っ張った。
聞いたことのない言葉だったが、それで何となく意味は分かった。つまりはああいう状態の胸のことか。
しかし今はそれどころじゃない!
「ハンドルっっ!!」
忘れたかったが、前回同様に車は猛スピードで走っている。
時速二百キロ以上を出していた前回よりはマシだが、それでも百五十キロ以上は出し続けている。この状態で片手を一瞬とはいえ離さないでほしい。
百果さん的には未来が見えているから片手で大丈夫だと確信しているのだろうが、こっちは生きた心地がしない。
今回無理をして助手席に乗り込んだのは、こういうことを阻止するためだった。前回は俺が気絶している間に、片手運転であちこちに電話を掛けていたらしいのだから恐ろしい。
「勘弁してくださいよもう!」
「じゃあ五百億円くらい上げるよ」
「いらないって言ってるでしょ!」
どうして火に油を注ぎたがるんだこの人は。
俺に押し付けようとした遺産を突き返すために戻ってきたところもあるとは既に話したのに。
「半額に負けたのにまだ駄目かい、あれだよ?贈与税とかを差し引いた上でのだよ」
「額の大小にかかわらず要らないんですって!」
「どうせ最終的に僕ごと全部手に入るんだから、気にしなくていいのに」
「金か色気しかコミュニケーションの手段ないんですか?」
「やめてくれ、その攻撃は僕に効く、やめてくれ」
百果さんは気まずそうな顔を思い切り右に逸らした。
「前っ!!!」
車は全くバランスを崩すこと無く、すいすいと路上を移動していくがそれでも生きた心地がしない。
タイムリープ系の小説や漫画だと、死んだらセーブポイントに戻されるものも少なくないが、俺の場合はまだ死んだことがない。
実は死んでも平気なのかもしれないが、試して駄目だったらそこまでなので試してはいない。
「俺が死んでそれっきりだったら百果さんも死にっぱなしなんですからね!?」
「君と死ぬのなら悪くないかな」
百果さんは楽しげに微笑んだ。
「この場合の死因が自分なの分かってて言ってますか?」
全く埒が明かない。
前回は途中で意識を失っていたが、今回も違法な高速運転のせいでどうしても落ち着いて話せない。心なしか百果さんのテンションも高い気がする。ハンドルを握ると性格が変わるタイプなのだろうか。いや、握って無くてもこうか?
よく考えるとこの人のことを俺はあまりにも知らない。
知り合ってからずっとホースヘッドと戦ってばかりで、前回の河川敷でも罠の設置にいそがしかった。
「そうだね、先のことを考える前に、取り敢えずどこかで休んで話そうか」
「そうですね」
「お互いのことをよく知るためにもね」
「はい」
「恋人同士として仲を深めていこうね」
「だから、その距離の詰め方は何なんですか!?」
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