第9話 イースターエッグ
2001年3月14日18:45
その日の夜、俺は四人に全てを話した。
百果さんのこと、ホースヘッドのこと、タイムリープのこと、全てを。
当然、物証も何もない。
俺のタイムリープが複数のセーブが可能ならいくらでも証明できただろうが、使ったら過去に戻っておしまいだ。
熊事件やペンダント事件もマイや雛にとっては一回きりの体験でしかない。俺が咄嗟に傘を広げて熊を驚かせて追い払ったり、人海戦術でペンダントを見つけたという成功例しか見ていない。よりによって学校生活での様々なトラブルを咄嗟の機転とアドリブ、仲間の力で解決して来た実績がここに来て足を引っ張った。『アレもタイムリープだったのか?』と聞かれて、違うと答えたことがかえって疑念を呼んでしまった。何で違うのか俺の方が疑問だ。
マイたちの二件を除いては一発でベストまたはベターな結果に辿り着けたので、タイムリープは選択肢にすら登らないことも多かった。解決してから、『タイムリープすれば楽だったな』と思いつくなど、能力自体を忘れていたことすらあった始末だ。俺の体験を自伝形式の小説として発表でもしたら、『全然タイムリープを使わない。コンセプトが破錠している』などと酷評されそうだ。
百果さんはもう殺されているだろうし、ホースヘッドはどうなったのか分からない。まだこの世界に存在していたとしても、俺にしか見えないばかりか、どうやら標的以外の人間や物体を物理的に無視できるらしいので、存在を証明できない。この始末なのに半信半疑くらいで済んだのは、優しすぎるくらいだ。
この日は俺の発言の審議については保留という形になったが、俺は次の行動のために友人に連絡を取った。
俺の言動に困惑する皆を納得させられていないままで後ろ髪を引かれる思いではあるが、俺にはやらなければならないことがある。
2001年3月16日10:22
壁の出っ張りを掴み、足を引っ掛け、次の出っ張りを掴む。
「やばっ!」
滑り落ちかけたが、辛うじて大きめの出っ張りに足をおいて堪える。
「そう!滑り落ちた場合の安地は常に意識して!」
「はい!」
俺はコーチをしてくれている大学生に振り向いて返事をしようとしたが、姿勢が崩れそうなので後頭部で返事をした。
俺が今挑んでいるのは、凸凹の石が埋め込まれた石壁だった。下にマットに敷かれた競技の練習用施設である。今はまだあまり知られていないが、スポーツクライミングと呼ばれる競技だ。
登山部だったクラスメイトの一人が大学に行ったら始めたい、この設備のある大学に行く、と言っていたのを思い出し、ダメ元で声をかけた結果、そいつもまだ入学前だというのに他校に行く俺に対して設備を貸してもらえることになった。
訓練の目的は当然、モールを出て百果さんと合流するまでのタイムの短縮だ。
勿論、あの場所とクライミングの設備はだいぶ違う。現地で訓練をやり直す必要はあるだろうが、落ち着いて基礎を固めたかった。
タイムリープは心だけが戻るので筋肉を鍛えても意味はない。むしろ過去に戻った時に筋肉がいきなり減ることを考えると邪魔になりそうだが、体の動かし方を覚えることには意味がある。
俺が筋トレを拒絶して壁の登り降りだけをすることに困惑はされたが、流石に誰彼構わずタイムリープの話をしていられない。
呆れながらも三年の先輩は面倒をよく見てくれた。
2001年3月17日18:58
早めの夕食の後、食事中に珍しく口数の少なかった父さんが重々しく切り出した。
「お前のいう、白山百果さんは確かに実在するみたいだな」
「え?」
父さんは俺の言葉が妄想でないことを証明すべく、知り合いの警察に問い合わせてくれていたらしい。
三日前、必要以上に百果さんのことを容姿まで事細かに聞かれると思ったら、まさかそんなことをしてくれていたとは思わなかった。
父さんが聞かされた話はこうだ。
あの日、例のモール周辺の警察には妙な厳命が出されていた。
『この日発生した事件事故の被害者の情報は一切漏らさないこと』という内容だった。よく考えると厳命が無くても漏らしては駄目そうなものだが、実際はよく漏れてマスコミが実名報道をしているのだから変な話だ。
ともかくその指示は末端まで徹底され、あの日出た奇妙な変死体に関してはマスコミに全く情報は流れず、新聞の隅に小さく身元不明遺体としてだけ載った。
実際にその日の新聞を見せてもらったが、年齢や性別すら書かれていなかった。
これはよく考えるとおかしい。
思い出したくもないが、何度か見た百果さんの遺体はそこまでの状態ではなかった。上下に両断された遺体は素人でも年齢性別が一目で分かった筈だ。まさか遅効性の溶解毒でも塗られていたのだろうか、などと深読みをしたが、それは違った。
「そして、その緘口令についてだが、一つだけ例外を設けてあったそうだ」
それが、父さんからの問い合わせだった。
俺は百果さんに家族のことなど話していない。そんな暇なんてなかった。百果さんは『もしも』の未来も見られるらしいが、あの僅かな時間で『もしも』の俺は何故そんなことを話したのか?それともまだ俺が聞いていない秘密があるのか。
ともかく、父さんからの問い合わせに対して百果さんが実在し、亡くなったという情報は開示された。本来教えてもらえる筈もなさそうな検死結果も伝えられた。
獣の爪のような鋭利な刃物による切断と、多臓器損壊と失血。それが死因だった。
獣の種類は不明で、目撃者複数の眼前で目に見えない何かに突然殺害されたようだった。検視官も現場検証に当たった警察官も相当困惑したらしい。通達が無くとも報道規制は敷かれたかも知れない。
「そしてその話を聞いた直後に、百果さんの弁護士と名乗る人から、父さんの携帯に連絡が来てな、彼女の資産をお前に譲るというんだ」
「は?」
「まずは五百億、その後分割で追加していって最終的には三千億円だそうだ」
「……」
数秒の沈黙の後、俺たちは同時に口を開いた。
「返してきなさい」
と父さんと母さん。
「突き返してやって!」
「叩き返してやりましょうよ!」
とマイと雛。
「悪いけど突き返してくる」
と俺も答えていた。
冗談じゃない。
守れたのならまだしも、俺は守れなかった。
一円だって貰う謂れがない。
だいたい庶民がこんな大金を貰っても逆に迷惑だと分からないのか?税金だとかもややこしそうだし、どこかから情報が漏れてマイが誘拐でもされたらどうするのか?
訳の分からないまま、訳の分からない怪物に殺されたことに対する同情心を、怒りと呆れが凌駕した。
わざと怒らせて過去に戻らせようと考えてのことなら大成功だ。それが狙いであればむしろ許す。違うなら最悪は殴ることも視野に入ってくる。
必ず助け出して文句を言ってやる。
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