第11話 偏見



 ――夏休みまで残り1週間となった7月中旬。

 朝、私はいつもどおり下駄箱付近で莉麻ちゃんにお弁当袋を渡した。


「今日もお願いします」

「はぁ〜い」


 やりとりが事務的になっているせいか、秒で終わる受け渡し作業。

 でも、これが今日で最後だということを彼女は知らない。

 間を置いてから歩き始めると、うしろから誰かに声をかけられた。


「もしかして、キミは先日お弁当箱を落とした子だよね。すみれ柄のお弁当袋の」

「えっ」


 振り返ると駿先輩がいる。彼の声を聞いたのは階段でぶつかった日以来のこと。


「俺が拾ったんだけど、新汰に知り合いのものだからって言われたからそのまま渡したよ」

「その節はありがとうございました! 新汰先輩から無事に受け取りました」


 つい先日の件だったのでさらりと答えてしまったけど、言い終えたあとにハッと我に返った。

 なぜなら、渦中のお弁当を莉麻ちゃんに渡した直後だったから。


「それは良かった。でも、いま一番気になっているのは、キミがそのお弁当を彼女に渡してるところだったんだけどね」

「……」

「どうしてそんなことをしてるの? 新汰は知らないんだよね。二人がお弁当のやりとりをしてることを」

「そ、それは……」

「それは?」


 詰め寄られた瞬間、針金で心臓をキツく縛られたような気分に。

 現場を押えられてしまったから逃げ場はないと思って観念する。


「私、新汰先輩にウソをついてしまったんです」


 それから新汰先輩との出会いから今日までの出来事を全て話した。

 すると、彼は呆れ眼に。


「新汰が好きなら堂々としてればいいのに」

「それはできません。たった一度きりのウソが二人の運命を変えてしまったから……」

「なら、せめてあの子に新汰が好きだと気持ちを伝えたら? そしたら少しは気が楽になるんじゃない?」


 駿先輩の気持ちもわかるけど……、それができない。


「無理です」

「どうして」

「私には本音が言えないから。実は昔、クラスメイトのシャープペンが紛失してしまったことがあったんです。そのとき、なぜか隣の席の私が盗んだのではないかと疑われました。そこで言ったんです。『私は盗んでない。犯人扱いするなら証拠を見せて欲しい』と。そしたら、『デブは態度もデカイんだね』と言われてしまって……」

「それはひどい……」

「無実を証明したかっただけなのに、体型のことを引っ張り出してくるなんて思いもしませんでした。太ってることをデメリットとセットにされたくなくてありのままの自分をさらけ出しているのに、本音を言ったらこうなりました。だから、また同じ展開になってしまうのが怖いんです」


 犯人扱いされたあの日を境に消極的になってしまった。次にどんなデメリットがやって来るかわからないから正直怖い。


「そりゃ気持ちを吐き出すのは怖くなるわなぁ。……でも、みんながそう思ってるわけじゃないからね」

「わかってます。ただ乗り越えられないんです。莉麻ちゃんは思ったことを口にするタイプだから、よけいになんて言われるか……」

「まぁ、人それぞれの事情があるから、俺が水を差す問題じゃないけどね」

「……」

「キミの気持ちはわかった。新汰には内緒にしておくよ」

「ほっ、ほんとですか?!」


 俯いていた顔を見上げると、そこには柔らかな笑顔が向けられていた。


「ただし、ウソがバレたときは真摯に向き合ってね。絶対に逃げちゃダメだよ」

「はい……」


 ――この恋には遠からず終わりがある。

 でも、その終わりは誰にも迷惑がかからない方向へ持っていきたい。

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