第6話 約束



 ――それから私は、影武者としてお弁当を作り続けた。

 肉巻き野菜、ミニエビグラタン、豚肉の生姜焼き、さつまいもとれんこんの甘辛煮。色とりどりの食材を使って味と目で楽しんでもらえるように工夫をしながら。

 お弁当箱の中の小さな世界。フタが開かれた先には彼の笑顔。

 それを遠目から見るのが楽しみだから、前日の夕方に献立を決めて、夜のうちに仕込んで、翌朝作ったものをお弁当箱の中へ。

 最初のうちは多少使命感があったけど、いまでは1日の楽しみに。


 これが、自分の首を絞めていたことも知らずに……。



 ――お弁当を作り始めてから2週間経ったある日。

 いつも通り屋上のガラス窓から先輩の様子を伺うと、そこには目を疑う光景が待ち受けていた。


「う……そ…………」


 先輩の隣には莉麻ちゃんの姿が。どうやら、お昼を共にしようとしている。

 私は二人の楽しそうな姿が目に映ると、氷水を浴びたかように血の気が引いた。


「あれ、莉麻ちゃんはコンビニ弁当?」

「あ……、うん。お弁当は二人分も作れないからね」

「ごめん、手間をかけさせていたなんて気付かなかった。これからは自分の分だけでいいよ」

「いいのいいの。実はお弁当に少し飽きてたんだ。ほら、自分の味って面白みがないでしょ。だから、あたしのことは気にせずにどうぞ」

「でも……」

「そのチキンロール結構自信あるよ。食べてみて」


 莉麻ちゃんが私のためにウソをついてくれてるのは感謝している。

 でも、チキンロールの味を知らないのに……。


 二人の会話を聞いていたら急に食欲が失せてしまい、お弁当袋を開くことなく逃げ出すように階段を駆け下りた。

 3年生の教室近くの踊り場にさしかかると、階段を上ってきたばかりの男性と衝突する。


 ドンッッ……。

 彼はしりもちをついた私に心配の目を向けた。


「大丈夫?」

「ごめんなさい。大丈夫です。ぼーっとしてて」

「怪我は?」

「全然平気です」

「そ、よかった」


 彼は新汰先輩の親友の駿しゅん先輩。二人は仲がいいから顔だけは知っていた。

 私たちはこれが初コンタクトだけど、後に良くも悪くも関わることに。

 腰を上げてから階段を降りていくと、屋上扉が開く音がしたあとに「新汰〜」と呼ぶ声がした。



 ――放課後。

 昇降口に向かうために廊下を歩いていると、前に歩いているクラスメイトの女子二人が噂話をしていた。


「お昼に莉麻と新汰先輩が屋上でランチしてたよ。お似合いだったなぁ〜」

「私も見たぁ! 二人ってもしかして付き合ってるのかなぁ」

「ねーっ! 美男美女ってやっぱり映えるわぁ〜」


 ただですら落ち込んでるのに、追い討ちを食らう。

 拳を握りしめたまま窓ガラスに映る自分を見た。そこには現実を見ろと言わんばかりの姿が映し出されている。

 たしかに莉麻ちゃんたちはお似合いだ。お弁当の件がなくても出会うのは時間の問題だったかもしれない。

 でも、それ以上に悔しいのは、自身が二人の関係を繋げてしまったこと。あのとき莉麻ちゃんに紙袋を渡すように頼まなければ、今日という日を迎えなかったから。


 右手には戻ってきたお弁当袋。目を向けると、二人が楽しそうにランチしていた光景が思い浮かぶ。

 同時に、荒れた気持ちのままお弁当袋を握りしめていた自分も蘇ると、虚しさが込みあげてきた。


「……っ」


 私はこれ以上莉麻ちゃんたちの話題を耳に入れたくなくて走り出した。

 しかし、階段の踊り場に差し掛かった瞬間、両手いっぱいに荷物を持った男性教師と衝突する。


 ドンッ!! コロコロコロコロ……。

 ぶつかった衝撃で、教師が持っていた絵の具セットと模造紙が床に散乱した。

 すかさず手荷物を床に置いて、散らばった絵の具を教師とともに拾い始める。


「美咲ぃ〜……。廊下は走らない! 危ないじゃないか!」

「ごめんなさい!! 次からは注意します……」

「これで何度目だ? 元気なのはいいけど、ちゃんと学校のルールを守って」

「はぁい……」


 はぁぁぁ……。踏んだり蹴ったりで情けないな……。

 しかも、1日に二回も人とぶつかるなんて。

 私は床に散乱したものを全て拾い終えてから、カバンを持ち上げて先生に「すみませんでした」と一礼した。


 注意散漫だったせいか、このときは気づかなかった。

 カバンと一緒に持っていたはずのお弁当袋を、その場に置き去りにしてしまったことを……。

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