白蓮の口寄せ —黒き痣の霊媒師—
ソコニ
第1話「あの日の声」
「霊はいる。ただし、話を聞くには対価が必要だ」
桐生白蓮(きりゅう びゃくれん)は、鏡の前で真紅の口紅を引きながらそう呟いた。
今夜も、彼女のもとには依頼者がやってくる。
真夜中に営業する霊媒師の待合室は、いつもどこか冷え込んでいた。
白蓮は最後に自分の姿を鏡で確認する。
長い黒髪に白い肌。真っ赤な口紅が、まるで血のように際立っている。
「見られる仕事だから」
そう言い聞かせながらも、彼女は知っていた。
この美貌が、依頼者たちを引き寄せる罠でもあることを。
---
「先生、お願いです…どうか娘の声を聞かせてください」
目の前の女性——鹿島清佳(かしま きよか)は、手を震わせながら懇願した。
高級ブランドのスーツに身を包み、首元には真珠のネックレス。
その華やかな装いとは裏腹に、彼女の目は虚ろで、涙の跡が頬を伝っていた。
「お亡くなりになったのは…」
「はい、三ヶ月前です。交通事故で…」
鹿島清佳の娘・鹿島陽葉(かしま ひより)。
享年16歳。高校1年生。写真で見る限り、母親譲りの美しさを持った少女だった。
「お気持ちはわかります。でも、霊を呼び寄せるのはリスクもある。本当によろしいですか?」
白蓮は形式的に尋ねた。
答えはわかっている。この手の依頼者は皆、どんな代償を払っても会いたいと願う。
それが罠だとしても。
「お金はいくらでも出します。私、他の霊能者にも相談したんです。でも誰も…誰も娘の声が聞こえないと言うんです」
依頼者の目に、一瞬だけ不自然な光が宿った。
白蓮は無意識に眉を寄せた。
「わかりました。では口寄せの儀式を始めます」
白蓮は部屋の明かりを落とし、テーブルの上に黒い布を敷いた。
その上に置かれたのは、古びた鏡と白い蝋燭。
「お嬢さんの持ち物を一つ、こちらに」
清佳はおずおずと、小さなリボンのヘアピンを差し出した。
「これ、陽葉が最後まで身に着けていたものです…」
白蓮は儀式を始めた。
蝋燭の炎が揺れ、鏡に映る自分の顔が歪んで見える。
「此処に在らぬ者よ、声無き声よ」
白蓮の唇から漏れる言葉は、部屋の空気を震わせた。
彼女はゆっくりと目を閉じ、ヘアピンに触れる。
そして——
「!」
*何かが違う。*
通常、霊との接触は穏やかな波のように訪れる。
だが今回は違った。まるで氷水に叩き込まれたような戦慄が、白蓮の背筋を駆け上がった。
白蓮の目の前に、少女の姿が揺らめく。
長い黒髪に、制服姿。
しかし、その顔には表情がなかった。
ただ口だけが、異様に大きく裂けている。
*「助けて」*
少女の声が響いた。しかし、その口は動いていない。
「陽葉…ちゃん?」
*「あれは事故じゃない」*
少女の体が歪み始める。首が不自然に曲がり、手首がぐにゃりと曲がった。
骨の折れる音が、白蓮の耳に響く。
*「あの人たちが…あの人たちが…」*
「陽葉ちゃん、誰があなたを…?」
次の瞬間、少女の姿が白蓮に向かって一気に迫った。
その顔が目の前まで迫る。大きく裂けた口から、黒い液体が溢れ出す。
*「教えてあげる…でも、あなたも一緒に来るの」*
白蓮は悲鳴を上げようとしたが、声が出ない。
体が凍りついたように動かない。
少女の手が、白蓮の手首を掴んだ。
触れた場所が、まるで焼けるように熱くなる。
「ッ…!」
白蓮は全身の力を振り絞って、ヘアピンを放り投げた。
パチンと音を立てて、ヘアピンが床に落ちる。
「先生!大丈夫ですか!?」
清佳の声で我に返る。
白蓮は荒い息を繰り返しながら、自分の手首を見た。
そこには、黒い手形の痣が浮かび上がっていた。
「娘が…娘が何か言いましたか?」
清佳の声には、不安よりも別の感情が滲んでいた。
白蓮は顔を上げ、彼女を見つめた。
「申し訳ありません。今日は、これで終わりにします」
「え?でも——」
「お帰りください」
白蓮の声は冷たく、それでいて震えていた。
清佳は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに取り繕った。
「そう…わかりました。また来週、伺ってもいいですか?」
白蓮は答えず、ただ清佳を玄関まで送った。
---
依頼者が帰った後、白蓮はシンクで何度も手首を洗った。
しかし、黒い手形は消えない。
鏡を見ると、自分の顔が青ざめている。
そして——鏡の中、自分の背後に誰かの姿が見えた気がした。
振り返ると、そこには誰もいない。
「気のせいよ…」
そう言い聞かせても、背筋の冷たさは消えなかった。
白蓮は冷蔵庫から酒を取り出し、グラスに注いだ。
手が震えて、少しこぼれる。
「なんなの、あれ…」
これまで幾度となく死者と対話してきたが、あんな恐怖を感じたのは初めてだった。
少女——陽葉の霊は、明らかに普通の死者ではなかった。
白蓮は携帯電話を取り出し、知人の占い師・冥加(めいか)に電話をかけた。
「もしもし、白蓮?」
「冥加、ちょっと相談が…」
白蓮が状況を説明すると、電話の向こうで冥加の息が止まった。
「その依頼、降りたほうがいい」
「なぜ?」
「鹿島家…以前にも噂があった。陽葉ちゃんの死の直前、彼女の家に出入りしていた霊媒師が行方不明になったんだ」
「え…?」
「それに、あの家には暗い過去があるらしい。詳しいことは明日会って話すよ。今夜は、何か守りになるものを身につけて眠りなさい」
電話を切った後、白蓮はぼんやりと手首の黒い痣を見つめた。
指でなぞると、まだ熱を持っている。
ふと、部屋の気配が変わった。
まるで誰かに見られているような感覚。
白蓮は静かに立ち上がり、部屋の明かりをつけた。
部屋の隅々まで確認したが、誰もいない。
「大丈夫、誰もいないわ…」
そう言い聞かせながらも、彼女は知っていた。
この部屋には、もう自分一人ではないことを。
---
その夜、白蓮は悪夢にうなされた。
夢の中で、彼女は暗い廊下を歩いていた。
見知らぬ家の廊下。突き当たりに、一つの部屋がある。
ドアが少しだけ開いている。
その隙間から、かすかに光が漏れていた。
白蓮は恐る恐るドアに近づく。
ドアを開けると、そこには少女が立っていた。
鹿島陽葉だ。
しかし、彼女は背中を向けている。
「陽葉ちゃん…?」
少女がゆっくりと振り返る。
その顔には、大きく裂けた口だけがあった。
*「本当のことを話して…」*
少女の声が、白蓮の頭の中に直接響く。
「本当のこと?」
*「あの人たちが何をしたか…」*
少女の体から、黒い液体が溢れ出し始める。
それは床に広がり、白蓮の足元まで迫ってくる。
「あの人たちって誰?あなたのご両親?」
少女は首を横に振った。
そして、その手が白蓮に向かって伸びてくる。
*「見せてあげる…」*
白蓮は後ずさりしようとしたが、足が動かない。
黒い液体が、彼女の足を捕らえていた。
少女の手が、白蓮の頬に触れる。
触れた瞬間、激しい痛みと共に、断片的な映像が脳裏に浮かんだ。
*血まみれの部屋。*
*縛られた少女。*
*儀式のような何か。*
*そして、複数の人影。*
「やめて!」
白蓮は悲鳴と共に目を覚ました。
寝巻が汗でびっしょりと濡れている。
時計を見ると、午前3時33分。
霊が最も活発になる時間だと言われている。
白蓮は震える手で明かりをつけた。
部屋には誰もいない。だが、鏡の前を通りかかった時、彼女は凍りついた。
鏡に映る自分の背後に、陽葉が立っていた。
白蓮は振り返ったが、そこには誰もいない。
再び鏡を見ると、陽葉の姿はもう映っていなかった。
ただ、白蓮の手首の黒い痣が、わずかに広がっていることに気づいた。
夜明けまで、彼女は眠れなかった。
---
翌朝、白蓮は冥加と喫茶店で待ち合わせていた。
冥加は、白蓮より年上の占い師で、霊的なことに関しては信頼できる相談相手だった。
「それで、鹿島家の噂って?」
白蓮はコーヒーを前に尋ねた。
冥加は周囲を確認してから、小声で話し始めた。
「鹿島家は表向き、不動産で財を成した名家。でも裏では…別の噂がある」
「別の噂?」
「彼らは代々、"霊を操る力"を持っているとされてきた。特に、今の当主である鹿島雅人は、その力を使って商売敵を破滅させてきたと言われている」
「まさか…」
「そして半年前、彼らの娘・陽葉さんが急に霊感を強く示すようになった。それを制御できず、家庭内で問題になっていたらしい」
白蓮は昨夜の悪夢を思い出していた。
黒い液体。血まみれの部屋。儀式のような何か。
「冥加…あの子は事故で死んだんじゃないと思う」
「私もそう思う。だから、この依頼は危険だ。降りたほうがいい」
白蓮は手首の痣を見た。
長袖で隠しているが、確かにそこにある。
そして、微かに広がっているような気がした。
「でも、もう遅いかもしれない」
白蓮がそう言った時、彼女の携帯電話が鳴った。
見知らぬ番号からだった。
「もしもし?」
「桐生白蓮さんですね」
男性の声。低く、威圧的な声だった。
「どちら様でしょうか?」
「鹿島雅人です。昨日は妻がお世話になりました」
白蓮は冥加と目を合わせた。
冥加は眉をひそめ、首を横に振った。
「鹿島様、こちらこそ」
「今日、お時間よろしいでしょうか。お話があります」
白蓮は一瞬躊躇したが、答えた。
「はい、大丈夫です」
「では、18時に私の自宅でお待ちしています。住所をメールでお送りします」
電話が切れた後、冥加が心配そうに尋ねた。
「行くの?」
「行くわ。あの子の真実を知りたい」
「危険よ。少なくとも、私も一緒に」
白蓮は首を横に振った。
「あなたを危険な目に遭わせたくない。私一人で行くわ」
その時、白蓮のスマホに通知音が鳴った。
画面を見ると、送信者不明のメッセージが届いていた。
「来ないで」
たった二文字のメッセージ。
でも、誰から?
次の瞬間、白蓮のスマホが異常な熱を持ち始めた。
「熱い!」
スマホを落とすと、画面がバグったように歪み、そして真っ黒になった。
再び電源を入れようとしても、反応しない。
「なに、これ…」
冥加が白蓮のスマホを手に取り、目を閉じた。
しばらくして、顔色を変えて言った。
「霊障だわ。誰かの怨念が…」
白蓮は悪寒を覚えた。
スマホの画面に映り込んだ自分の顔が、一瞬だけ陽葉の顔に見えた気がした。
---
その日の夕方、白蓮は鹿島家を訪れていた。
郊外の高級住宅街にある、西洋風の大邸宅。
門を通り過ぎると、広い前庭が広がっていた。
「お待ちしておりました」
玄関で彼女を出迎えたのは、黒服の執事のような男性だった。
「こちらへどうぞ」
案内された応接室は、重厚な家具で飾られていた。
壁には西洋の絵画が飾られ、暖炉にはかすかに火が灯っている。
「桐生さん、ようこそ」
室内には、威厳のある中年男性が立っていた。
鹿島雅人だ。
彼の隣には、昨日会った清佳の姿があった。
「お招きいただき、ありがとうございます」
白蓮は丁寧に挨拶した。
しかし、彼女の直感は警告を発していた。
*危険が近づいている。*
「昨日は妻が大変お世話になりました」
雅人の声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。
「娘のことで、ご心配をおかけしています」
「いえ…」
白蓮は部屋を見回した。
どこか異様な雰囲気がある。
まるで、この部屋全体が彼女を監視しているかのようだ。
「実は、一つお願いがあります」
雅人はゆっくりと言葉を紡いだ。
「何でしょうか?」
「娘の件は、もうこれ以上関わらないでいただきたい」
空気が凍りついた。
白蓮は黙って彼を見つめた。
「娘は事故で亡くなりました。それ以上の詮索は、故人への冒涜です」
その言葉に、清佳が小さく身震いした。
白蓮はそれを見逃さなかった。
「しかし、お嬢様の霊は安らかではないようです。私にはそれが感じられました」
雅人の表情が一瞬だけ強張った。
「それは貴女の思い違いです。うちの娘の霊なら、私たちが弔っています」
その時、部屋の温度が急に下がった気がした。
白蓮の息が、白い霧となって見える。
「桐生さん、忠告しておきます」
雅人は一歩、白蓮に近づいた。
「このまま手を引かないと、あなたも同じ目に遭うことになる」
その言葉は、明らかな脅迫だった。
白蓮は自分の手首の痣が熱を持ち始めるのを感じた。
「同じ目とは?」
「好奇心が過ぎる人間は、不幸な事故に見舞われることがあります」
「夫!」
清佳が慌てて夫の腕を掴んだ。
「そんな言い方はないでしょう」
雅人は妻を冷たい目で見た。
「黙っていなさい」
清佳は怯え、黙り込んだ。
その時、白蓮の視界の端に、何かが動いた。
振り向くと、廊下の暗がりに人影が見えた気がした。
「あの、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、執事がご案内します」
雅人が呼び鈴を鳴らすと、先ほどの執事が現れた。
「2階のお手洗いへご案内してください」
「かしこまりました」
---
白蓮は執事に導かれ、階段を上っていった。
館内は予想以上に広く、廊下には肖像画が並んでいる。
「こちらです」
執事が扉を指差した。
「ありがとうございます」
執事が去った後、白蓮はそっと周囲を見回した。
*ここが、夢で見た廊下に似ている。*
彼女は静かに歩き出した。
突き当たりに、一つの部屋があった。
ドアが少しだけ開いている。
*夢と同じ…*
白蓮は恐る恐るドアに近づいた。
中を覗くと、それは少女の部屋だった。
ベッド、机、本棚。
普通の女子高生の部屋のように見える。
しかし、部屋の空気が重い。
白蓮はそっと部屋に足を踏み入れた。
「陽葉ちゃん…」
その瞬間、背後でドアが閉まる音がした。
振り返ると、そこには誰もいなかった。
白蓮は急いで部屋を探り始めた。
机の引き出し、本棚の隙間。
何か手がかりがないか。
ベッドの下を覗くと、小さな箱が隠されていた。
それを取り出し、開けてみる。
中には、日記帳と写真が入っていた。
写真には、陽葉と見知らぬ女性が写っていた。
裏には「美咲先生と」と書かれている。
日記帳をめくると、最後のページに衝撃の言葉が書かれていた。
*『お父さんとお母さんが、美咲先生を殺した。私も殺される。誰か助けて』*
「これは…」
その時、部屋の気温が急激に下がった。
白蓮の息が白く見える。
鏡を見ると、そこには陽葉が立っていた。
少女は口を大きく開け、黒い液体を吐き出している。
「陽葉ちゃん…」
*「見つけたね」*
少女の声が、白蓮の頭の中に直接響いた。
*「あの人たちは霊を使うの。でも私は…私は制御できなかった」*
「あなたの両親が…あなたを?」
*「父が儀式をした。私の力を封じるために。でも失敗して…」*
少女の姿が歪み、床に黒い液体が広がり始めた。
*「あなたにも見せる。全部見せる」*
白蓮は後ずさった。
部屋を出ようとしたが、ドアが開かない。
「出して!」
*「一緒に来て」*
少女の手が伸び、白蓮の手首の痣に触れた。
激しい痛みと共に、白蓮の意識が遠のいていく。
その瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「何をしている!」
鹿島雅人の怒声が響く。
彼は部屋に入ると、白蓮を乱暴に引きずり出した。
「言ったはずだ。余計なことをするなと」
白蓮は息を荒くして、彼を見上げた。
「あなたが…娘さんを殺したんですね」
雅人の顔が一瞬歪んだ。
「馬鹿な。娘は事故で死んだ」
「美咲先生という方も?」
雅人の目が見開かれた。
「貴様…」
その時、館内に悲鳴が響いた。
清佳の悲鳴だった。
「清佳!」
雅人は白蓮を放り出し、階下へ駆け降りた。
白蓮も後を追う。
応接室に戻ると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
清佳が床に倒れ、全身から黒い液体を吐き出していた。
彼女の目は真っ白で、体が不自然に痙攣している。
「清佳!しっかりしろ!」
雅人が妻に駆け寄った時、清佳の口が異様に大きく開いた。
そして、陽葉の声が響いた。
*「お父さん、なんで私を殺したの?」*
「陽葉…!?」
清佳の体が宙に浮き上がった。
黒い液体が部屋中に飛び散る。
*「力が欲しかったの?私の命と引き換えに?」*
「違う!お前の力を封じようとしただけだ!」
*「嘘つき!」*
清佳の体から発せられる声は、もはや人間のものではなかった。
その時、白蓮の手首の痣が燃えるように熱くなった。
彼女は痛みに顔を歪めながらも、雅人に叫んだ。
「何があったの?真実を話して!でないと、奥さんが…」
雅人は歯を食いしばり、苦しそうに語り始めた。
「陽葉は…特殊な力を持って生まれてきた。霊を呼び寄せる力だ。最初は小さな能力だったが、思春期に入り、突然強くなった」
「それで?」
「制御できなくなり、家中に霊が溢れるようになった。私たちは霊媒師・美咲を呼び、陽葉の力を抑える儀式を行った」
「でも、失敗したんですね?」
「ああ…儀式の最中に、陽葉の力が暴走した。美咲は霊に取り憑かれ、正気を失った。私は…彼女を止めるしかなかった」
「殺したんですね?」
「選択肢はなかった!そして陽葉も…もはや人間ではなかった。私の娘ではなかった」
清佳の体がさらに激しく痙攣し、黒い液体が天井まで飛び散った。
*「私はあなたの娘よ!あなたが殺したの!」*
雅人は震える手で、上着の内ポケットから何かを取り出した。
それは古い護符だった。
「娘よ、もう十分だ。安らかに眠れ」
雅人が護符を掲げた瞬間、清佳の体から黒い霧が噴出した。
霧は部屋中を渦巻き、そして白蓮に向かって一気に流れ込んだ。
「うっ…!」
白蓮は床に倒れ、激しい痛みに襲われた。
体中が燃えるようだ。
手首の痣が、腕全体に広がっていく。
「桐生さん!」
雅人が駆け寄るが、白蓮の周囲には黒い霧のバリアが形成されていた。
白蓮の頭の中に、陽葉の声が響く。
*「あなたなら、真実を伝えてくれる。私と一つになって」*
「やめて…」
*「もう遅いわ。あなたは私の声。私はあなたの体」*
白蓮の意識が徐々に遠のいていく。
最後に見たのは、恐怖に満ちた雅人の顔と、床に倒れたままの清佳だった。
そして、すべてが闇に包まれた。
---
白蓮が目を覚ましたのは、自分のアパートのベッドの上だった。
時計を見ると、午前3時33分。
「どうして…」
最後の記憶は、鹿島家の応接室。
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