第9話 静聴お頼み申す
玄象の
その頃にはすっかり火が消え、刀は元のボロ刀へと戻っていた。
鞘に納めたやまもとは目前にいる者を見据える。
胴から下が切り離された玄象。
ゆっくりとだが、腰のあたりから黒い靄となり消え始めていた。
うなだれるその姿からはもう戦意は感じられない。
だらりと下げた両手にはそれぞれ琵琶と、それを奏でるための
「琵琶を奏で続けていれば賞賛を得られていただろうに、あろうことか人斬りに快楽を見出すなど」
消えゆく姿を見ていたやまもとの所へ、平吉を背負った夕子が駆け寄ってきた。
息を切らしながら。
「ようやくお目覚めか」
「あんなところに放置しないでよ!」
彼女は茂みで寝かされていたことに少し怒っていた。
「頼もしい護衛がついていたであろう?」
そう言ってぐっすり眠る平吉をチラっと見る。
「平吉ならこの通りなんですけど……まあ、操られた私が悪いんだけども」
するとやまもとは、夕子が重そうに背負っていた平吉を預かる。
解放された彼女は目の前で消えていく玄象を見た。
「この妖が……」
「ああ、辻斬りの犯人だ」
彼女は眉を落とした。
「いったいどうして辻斬りなんてやったの?」
沈黙を貫く玄象の代わりにやまもとが答える。
「肉を断つ音に惹かれたらしい」
それを聞いた夕子は視線を落とし「そう……」とだけ呟いた。
するとその時、玄象が静かに弱々しく呟いた。
「……静聴……お頼み……申す」
戦闘中に幾度となく聞いた台詞。
攻撃を仕掛ける前に言い放っていた台詞だ。
警戒したやまもとは刀を抜こうとする。
「待って」
しかし夕子に制されてしまった。
彼女の目は真っ直ぐ玄象に注がれていた。
そして玄象は……ゆっくりと琵琶を奏で始めた。
静寂が支配していた草原に物悲しい絃の音が響き渡る。
その音は、深く、心の奥底にまで沁み込んでくる。
「綺麗な音色だね」
「……ああ」
それは今までに斬った者への贖罪か、あるいは――
絃は震えて月を
心は
残るはさやぐ草葉の声
――少しして、玄象の姿は黒い靄となり消えてしまった。
草原には再び静寂が戻る。
やまもとの隣では夕子が目を瞑り余韻に浸っていた。
そして彼女は口を開く。
「持ち得るものと求めるものは違う。その
風に揺れる髪を耳にかけ、空を見上げる。
「……神は意地悪だね」
空には丸い月が浮かんでいた。
◇
――翌朝。
「やまもとってすっげぇ強いんだぜ!」
夕子とやまもとが寝室を出ると、平吉の元気な声が聞こえてくる。
朝食の支度をしているヨネはどこか嬉しそうな顔でそれをあしらっていた。
「はいはい、もうわかったから。……っと、おはよう!お二人さん」
二人に気付いたヨネは挨拶をするとやまもとの方へ歩み寄っていた。
「あんた、昨日は随分ご活躍だったみたいだね。平吉のやつがもう何十回も言ってるんだよ」
当のやまもとは満更でもなさそうな顔だ。
すると平吉が夕子のもとへと駆け寄って来る。
「辻斬りのやつがこう、バシュッと斬りかかるけどやまもとはそれをキンッて受けるんだよ!そしたらぶわーって斬撃を飛ばすんだぜ!」
冷めやらぬ興奮に身を任せ、全力の身振り手振りで夕子に説明をする。
対する彼女は自慢げな笑みを浮かべて答える。
「このおじさんは強いからね、それくらいは当然だよ」
「でも夕子は寝てただけだったよな!」
「ちょっと!それは――」
「俺も絶対やまもとみたいに強くなってやる!」
勢いのまま平吉は外へ飛び出して行ってしまった。
「まったく、落ち着きのない子だね」
我が子の背を見送るヨネの顔には優しい笑みが浮かんでいた。
「改めて礼を言うよ。ありがとう、きっと主人も浮かばれるさ」
そして手をパンっと叩く。
「さあ、朝食にしようか。あの子もすぐに帰って来るだろう」
そうして三人のちょっと豪華な朝食が始まるのであった。
◇
朝食後、そろそろ町を出ようかと二人が支度しているとヨネがやって来る。
そしてやや深刻な顔をしながら口を開いた。
「妖術師のあんたらに折り入って話があるんだけど……この先に
「奇妙な道?」
「ああ……と言うのも、その道を通ると前へ進めずに元居た場所まで帰されるって言うんだよ」
「それはまた奇妙な……」
するとヨネは腕を組み溜息を吐く。
「だろう?この間双原町に行こうと思ったら足止め食らってね。しばらく待っていると通れるようになったんだけど……その日以降もちょいちょい起きているみたいでね、何とかしてくれないかねぇ……」
期待に満ちた目で夕子の方を見つめてくる。
それに対して彼女は迷いなく答えた。
「私たちに任せてください。それが妖術師の役目ですから」
「そいつはよかった!」
こうして新たな目的地が決まる。
しかし二人は知る由もない。
哀しく、切ない悪に引き寄せられていることを。
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