第3話 夕暮れの発祥より君を呼ぶ

 貫田かんだに連れられて二人がやって来たのは壱陽町いちようちょう

 人がにぎわい牛車ぎっしゃが行き交う大変栄えた町だった。


 三人は女の子が眠っているという宿を目指して町の中を歩く。


「……で?いったいどうやってあの子を助けるんだ?ここまで来て『ごめんなさい、やっぱり無理です』なんて言い出したらただじゃ置かねぇぞ」


 そう言って貫田は夕子ゆうこを睨みつけている。

 しかし当の本人、夕子は一切耳を傾けてない。

 町に並んでいた屋台を腹を空かせた獣のように見ていた。

 そんな彼女の代わりにやまもとが答える。


「案ずるな貫田よ。お嬢はお前より何枚も上手だ」


「へーえ、そいつは楽しみだな」


 その声から信頼の情は微塵も感じられなかった。


 しばらく歩くと大きな木造の建物が現れる。


「ほら、ここだ」


 夕子は貫田が顎で示した先を見た。

 すると、何かを感じ取った夕子は隣に立つやまもとに話しかける。


「……当たりだね」


「ああ」


「それじゃあ行こうか」


 二人は貫田を置いて歩き始めた。


「お、おい、ちょっと待てよ!お前らどの部屋か知らねぇだろうが」


 小走りで追いついてきた貫田は夕子の肩を掴む。

 しかし夕子は振り向かない。

 真っすぐ見据えて答える。


「いや……わかる、わかるよ。わかってしまうんだよ」


「……どういう意味だ」


「行けばわかるさ」


 夕子は再び歩みを始める。

 その後ろをやまもとはゆっくりとついて来る。


「けっ!……勝手にしやがれ」


 舌打ちをしつつも貫田はその後に続く。


 それからまた、少し歩く。

 長い廊下を歩いて階段を上り、また廊下を歩く。

 すると夕子はとある部屋の扉の前に立ち止まる。


「ここだね」


「ああ、そうだな」


 ノックをして部屋に入ると、風が白いカーテンを揺らしてほのかに木の香る空間が広がっていた。

 清潔な白い布団が一つ、その上には息を荒げて額に汗を浮かべる女の子が一人横たわっている。

 その横には女の子の手を握る男が床に座っていた。

 男は貫田の姿に気付くと立ち上がり声をかけてくる。


「ああ、貫田さん……どうでしたか、あの憎き妖は祓えましたか……」


 目の下には濃い隈がくっきりと、頬はこけておりその声には生気が感じられない。


「あー、それなんだが……このお嬢ちゃんが自分に任せろって言うから、実はまだなんだよ」


 それを聞いた男は「そうですか……」と言うと崩れるように座った。


 すると夕子はしっかりとした足取りで布団の横まで行き「失礼します」と言うと女の子の首にかかっていた髪の毛をよけ、何かを確かめる。

「ちょ、ちょっと!」と男が心配そうに声をかけるが夕子は構わず首周辺の確認を続ける。

 少しして、えらの下に何かを見つけた夕子はやまもとを呼んだ。


「やまもと、これ……」


「ああ、――“むしばみのあやかし”だな」


 女の子の首には禍々まがまがしくあやしい模様が浮かび上がっていた。

 黒い瘴気を放ち、触れれば不気味に脈打つ蝕む模様。


“蝕みの妖”という言葉を聞いた貫田は夕子のもとへと駆け寄ってくる。


「おい、なんだ“蝕みの妖”ってのは」


「生命力を吸い尽くして殺す妖――“蝕みの妖”。私たちが数日前から追っていた相手」


 夕子は模様を指差す。


「これが“蝕みの印”、刻まれれば生命力を吸われる。死後も残り続けて残された家族の心に呪いのように刻み込まれる模様」


「……それで、その“蝕みの妖”をどうやって祓うんだ?」


 額に汗を浮かべた貫田にやまもとは声をかける。


「まあ見ていろ、出来るな?お嬢よ」


 問われた夕子は強く頷く。


「――もちろん」


 すると夕子は目を瞑り、胸の前で手を組む。

 この時、夕子の脳裏には被害に遭ったとある村の家族のことが思い浮かんでいた。

 息子に先立たれ、かつては仲睦まじかったが笑顔が消えてしまった夫婦。

 もう二度と被害は出さないと覚悟を決め、唱えた。


 ――夕暮ゆうぐれの発祥はっしょうよりきみ


 ――ふさいで、ぬりかべ


 その瞬間、夕子の前方に茜色の光の球が現れた。


 部屋は茜にかえり。

 慈愛にびの宿。

 蝕む心もなずむ。


「こ、これはいったい!」


 突如、優しい妖力で部屋が満たされことに貫田の口は塞がらなくなっていた。

 やまもとは笑みを浮かべて口を開く。


「よく見ておくがいい、力ずくの我々とは違う祓い方を。夕占ゆううら夕子ゆうこの祓いごとを」


「……!!夕占だと!?」


 夕子の名字を聞いた貫田は目を見開いていた。


 そんなことには構わず、夕子は目の前の光の球に語りかける。


「ぬりかべ、出番だよ。この子の中にいる“蝕みの妖”を外に押し出してほしい」


「……わかった、やってみるよ。これが僕にできる償いだね」


「うん、頼んだよ」


 すると光の球は女の子の体にスーッと溶け込んでいく。

 その体はぼんやりと茜色に光り始めた。


「さあ、後は待とう。ぬりかべがきっとやってくれる」


 そう言って貫田の目を見た後、部屋の隅にあった椅子に腰掛ける。

「お、おう」と戸惑いながらも返事を返してくる貫田。


 部屋にしばしの静寂が訪れる。


 ◇


 ――それから少しして“蝕みの印”が激しく疼き出す。

 そしてそこから黒い瘴気を纏った妖が勢いよく飛び出してきた。

 赤黒い体、背には黒い翼を、頭には二本の角を生やした禍々しい見た目。

 瘴気にあてられ父親は気絶してしまう。

 それを見た貫田は夕子に問う。


「おい夕子嬢!出てきやがったぞ、どうすんだ!?」


 対する夕子はさらりと言い放つ。


「どうするって、貫田が祓うんだよ。私戦えないからさ」


「……はあ!?」


 ――図らずも貫田と“蝕みの妖”の戦いが始まる。

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