魔道具師ですが、全く記憶が持たないです〜可愛い魔獣達に頼みきり!〜

金貨珠玉

うちのコーギーはもっふもふ

【どうか、どうか。死なないで。何だって、するから……】


《本当か? 全てを捧げる覚悟があるか?》


脳内に、直接声が響く。


幻聴かもしれなくても、頼む。


縋らせてくれ。


【頼むから! この子を……{ }を助けて!!】


《契約は、果たされた》


声は、笑みを含んでいるように感じた。




・・・



ざざん、と波が寄せては返す。


白い砂浜は、程よい明度の太陽の光に温められるが、爽やかな風が私を包んで暑くはない。


砂浜に直接絨毯を敷き、その上に置いた揺り椅子に座り、私は遠くで犬かきをひたすら続けるコーギーを眺めていた。


腰に下げてる金時計を見る。


まだあまり時間は経ってない思ったら、一本しかない針は頂点から8度も動いていた。


カチカチカチ、と針を頂点に戻し、泳ぐコーギーと脳内リンクする。


【楽しい! 楽しい! 楽しい! 泳ぐの楽しい! ご主人も泳ごうよ! 魚も美味しいね!】


味まではリンクしないので、魚の味のほどはわからないが、私にも味わってもらいたくて食べた健気さに可愛いなぁと思う。


「もう戻っておいで、だいぶ泳いでるよ」


【はい!】


5歳児並みの脳を設定して生み出したのだが、聞き分けは少し良いうちのコーギーだ。


すぐにじゃぶじゃば泳いで戻ってくる。


私は椅子と絨毯を『無限収納庫』に入れた。


正確には「ほぼ無限」に出来たと自分では思っているが、広くするより入れたものの目録が出るのと時間停止の機能があった方が色々と便利なので、こっちは無機物で嵩張るものを入れることにしてる。


自分のことも含め、様々なことを忘れるが、創作物のことは忘れない。


それだけは救いだ。


【戻ったよ!】


私と少し離れた、飛ぶ水が当たらない所でブルブルっと身体を振ってから、話しかけてくる。


本当にお利口さんだ。


私が砂地にあぐらをかくと、長い尻尾を振ってポスッと足の間に収まる。


太陽光で温まった砂の感触が私の尻を焼くが、絨毯を再び取り出すのも面倒だ。


早くコーギーを拭いてやらねば、取り出したふわふわタオルで身体をわしわし拭いてやる。大人しい。


「よしよし、いい子だ」


【あのね! お水しょっぱくなかったよ! それでね! 魚が沢山いたよ! 下の方にはおっきい強そうな魚もいたから、僕じゃないと危ないよ! ご主人も泳ぐなら、僕が守ってあげるからね!!】


「わかった、わかった。もうおしゃべりはおしまいだぞ」


「わふっ!」


リンクを切ると、言語では無く、コーギーの声帯から直接空気を揺らして短い鳴き声が私の耳に入った。


しかし、海ではなく湖だったか。


塩が取れないから、これは減点ポイントかもな。


湖の探索だけでだいぶ時間を使ってしまったが、もう少し他の場所も探索しなければ。


「さぁ、行こう。シンプルに作ったからそんなに広くないはずだ。まずは……」


海から出て砂浜を100歩分、傾斜を登ると、背の高い木のジャングルが現れた。


「くーん」


立ち止まった私に、コーギーは鳴いて見上げてくる。


私には、ジャングルの中がどうなっているのか、さっぱり解らない。


「うーん。成る程。一応危険な生物は居ないと思いたいけども。どうかな?」


「わふっ!」


コーギーは尻尾を振って私の周りをぐるぐるした。


これは……『安全』の仕草だ。


「よし、よし。はぐれるなよ」


「くーくー」


興奮すると先に行ってしまうやんちゃコーギーだから、ちゃんと言い聞かせておかねばだ。


目線を合わせてほっぺをわしわし撫でると、ちょっと不満そうに、でも気持ちよさそうに鳴いた。


さて、入るか。


中はジャングルになってると思いきや、根っこはあまりでこぼこしてなくて歩きやすい。


鬱蒼として全く日が当たらないが、足元に草も生えてない。


「動物はいないのかな? それとも昼は隠れてるのか……」


しまったなぁ、どう報告するか。


「わん! わん!!」


コーギーが私に何か訴える。


「いいよ、いっといで」


「わふっ!」


声をかけると、飛び上がって去っていった。


「むー!」


そして、すぐに戻ってくる。

口には、灰色の耳の長いたぬきのような生物を咥えている。


「ありがとう。怪我はさせてないね」


「むむー! わふっ!」


私の目の前にポトっと置くと、起き上がる前にたしっと短い前足で押さえつけた。


「きゅー、きゅー」


たぬもどきは怖くてたまらないようだ。

震えてるのを見ると申し訳なくなるが、この場所を調べさせてもらうには、必要なことなのだ。許しておくれ。


私は『頻繁に使う便利小物入れ』から「手に装着できる毛が沢山付いた物」を取り出してパチンと手につけた。


コーギーの目がキラキラする。


ごめんよ、君にするのとは形状は似てるけど、これは野生動物用だ。


名前は、そう『ブラッシングブラシ』だ。


これで、動物の毛を撫でてあげると……


【ふわー。気持ちいい〜。ママに舐めてもらってるみたいー】


たぬもどきの気持ちが解るのだ。


コーギーとの脳内リンクと似ているが、こちらの気持ちは伝わらないし、ゆっくり撫でてる時しか解らないから、触れるぐらい近づかなければならない。


「もういいよ。足を離してあげて」


「ふん!」

コーギーは足を離して、おすわりをした。


【あー。気持ちいい〜。溶けてく〜】


野生動物とは思えないほど、とろーんとなって腹まで見せる。


私は苦笑しながら、たぬもどきが眠るまで撫でていた。


【zzz】


寝た。


よし、ここからが腕の見せ所だ。


コーギーも最初は羨ましそうに見ていたが、今は拗ねたように伏せて寝てる。


ごめんて、後でコーギー専用のでブラッシングしてあげるから。


私は素早く『針金』を取り出すとたぬもどきのスピスピ眠る鼻の穴にそっと入れた。


これは、一瞬でいい。


私の脳内に、ぶわっ! と情報が入り込んでくる。


このたぬもどきの人生全てが脳内に入り込み、そして、私の中で取捨選択する。


この間、わずか5秒。


すっ、と『針金』を取り出すのと、ぱち、とたぬもどきが起きるのはほぼ同時だった。


しばしぼやん、としてたが、私の姿を見て擦り寄ってくる。


くぅ、こいつ可愛い……


「ぐるるる」


が、後ろで控えてるコーギーがすっごい珍しく歯を剥き出して怖い顔をしてる。


「こらこら、そんな顔しない。ほら、これでもお食べ。お前も、協力ありがとね」


私は小さいペレット状の芋味おやつを取り出し、コーギーとたぬもどきにあげた。


たぬもどきはふんふん、と匂いを嗅いでちょっと躊躇ってたが、コーギーが美味しそうに食べるのを見て一口齧った。


そして、一度驚いたように止まると堰を切ったように夢中で口に詰め込んだ。


頬袋あるんだ。


もうちょっとあげるか? でもあげすぎも良くないよなぁ。


ちょっと悩んでると、たぬもどきは去っていった。


きっと、家族にあげるのだろう。


「きゅーん」


「よし! じゃあここのことも解ったし、戻るか!!」


私はコーギー専用の『魔獣収納庫』を取り出す。


慣れたもので、コーギーは自分から入っていった。


そして、私は腕輪ほどの太さのドーナツ型オブジェを取り出して、そこに両手の指を引っ掛けるようにして入れる。


ぐいん! と思いきり広げると、私はそのオブジェの中に『入っていった』


いや、この場合『出ていった』という方が正しいのだろう。


辿り着いた所は慣れ親しんだ私の研究室だし、手に持ってるフラスコの中は、水と島だけが入った綺麗なインテリアのようになっている。


さっきまで、この中にいたのだが、知らない人が見たらただのインテリアだろう。


たぬもどきが住んでる陸地のジャングル部分だけで100「へいほうきろめーとる」ある……?


つまり、だいたいどのくらいだ? 本当に私は忘れっぽいので、単位で解っても実感できる大きさがパッと出てこない。


とりあえず、私の軽い一歩を1「めーとる」としたら、縦に10000歩横に10000歩歩いて囲った部分だろう。


『箱庭』としては広いか??


市民が一時的に避難するには良い空間かもしれないな。


だが、迷子になるかもしれない。


そこで、誤って誰か入らないように『箱庭』にはコルクで蓋をした。


完全なる『インテリア』だ。


あとは、忘れないように図と文章でメモって……


「ふー。疲れた。メモメモ。メモって、と。さ、ブラッシングするよー」


コーギーに話しかけたつもりだったが、しまった。収納庫にしまってるんだった。


出してあげて、たっぷりブラッシングして、私はお風呂入って、ぐっすり寝るか〜。


私はんー。と伸びをしようとした、が。


「サトル様! 魔道具師サトル様! 戻って来られましたか!?」


呼ぶ声と同時に、どんどんどん! と扉を叩かれる。


サトル、私の名前か。


伸びを途中で中断させられて、なんだかとても気持ち悪い感覚になった。


(何かあったな? ここは面倒だが早々に終わらせるか)


「入っていいよ」


「はい。失礼します!」


入ってきたのは、少年だった。


綺麗な茶色の髪はおかっぱに揃えてる。賢そうな青の瞳は、長いまつ毛に縁取られて大きな「サファイア」のようだ。


動作が慌てていて外見も歳若く見えるが、私が年齢不詳なだけあって、相手の年齢を押し計れない。

私の古い友人かもしれない。


が、申し訳ないことに、全く誰だか覚えてない。


コーギーを出していれば、この少年がいい奴なのか判断してくれるのだが、名前がわからないのは変わらない。


「私は疲れてるのだけど、何かようかな?」


とりあえず穏やかに話しかける。


高圧的なのは、好きではないし、もし万が一この子が偉い立場の場合は困ったことになる。


着ている服も高そうだし、きっと爵位持ち? かな? その息子かな?


「は、はい! あの!」

「王様が、父がお呼びです!」


良かったよかった、つまりこの子は王子様なわけだ。丁寧にしといてよかった。


いや、敬語で話さなかったのは問題だ。


とりあえず最上級の礼儀として、私は地面に額づいた。


土下座や五体投地とどう使い分けるのかは、実は解らない。


「王子殿下におかれましては。かような場所に足を運んでくださり……」


「だ! だからサトル様! いつもいつもふざけるのはやめてくださいって! 僕は庶子ですよ! また忘れたんですか!? 敬語もいりませんから!」


庶子……確か、妾の子ってことか。


多分何度もしたであろう再確認を再び行いながら、私はとりあえずコーギーを出した。


「へっ、へむ! へっ! へっ!」


「わわっ! コーギーくん、やめてってばー! サトル様〜! やめさせてください〜!」


コーギーは少年を見るとすっ飛んで行って二本足で立ち上がり、服や手をべろべろに舐めたり、へこへこ腰を動かしたりしてる。


「うんうん、王子君は私にとっていい子みたいだね」


あれは、コーギーにとって最大限の愛情表現だ。


腰へこへこは、ちょっと舐められてる……そんな気もするが、微笑ましいからいいや。


私は止めずにしばらく眺めていた。


そのうちに少年は押し倒され、コーギーによって顔をべろべろにされるころ、泣きが入ったので止めた。


さて、それにしても王様に呼ばれるとは……


私はそんなにすごい魔道具師なのだろうか?






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