第1話

学校終わりの平日、午後9時のこと。

私が机に向かっていると、綾斗あやとがいきなり部屋に入ってきた。綾斗とは小学校からの幼なじみで、もう10年近い付き合いになる。

綾斗が私の部屋に入ってくるのは、珍しいことではない。


しかし、今の私は動揺した。


「なにしてんの?」綾斗はそう言いながら、私の机を無神経に覗き込んだ。

「『神山くんへ』?」その瞬間、私は自分の顔が赤くなるのを感じた。


「ちょっと、勝手に見ないでよ。」私は両腕で、机を隠すようにした。

「いまどき、ラブレターを書く奴なんているんだ。」綾斗は興味を失ったのか、私のベッドに寝っ転がりながら、ゲームをし始めた。


私がラブレターを再び書き始めて少しすると、

「ゲームの充電器、どこだっけ。」綾斗の間延びした声が耳に入ってきた。

私は、神山くんにどんな言葉で自分の気持ちを伝えたらいいのか考えることに、集中したかった。私は机に向かったまま、「そこの引き出しにある。」と、なるべく短く答えた。


またしばらくすると、「この最終ステージ、むずすぎる。」と、綾斗ののん気な発言がが聞こえてきた。

「ごめん、今・・・さっきの書いてて。」私が神山くんに気を取られながらそう答えると、綾斗は不機嫌そうに、「勇者が魔王から世界を救う方が、大事だろう。」と訳の分からないことを言い、ゲームのコントローラーを私の頬に、ぐにっと押し付けた。


その日は結局、綾斗に付き合わされ、ラブレターの続きは進まなかった。



こんなことが、次の日も続いた。

「この問題が分からない。教えて。」

綾斗の方が、勉強できるはずなのに。


その次の日は、「この映画、一緒に見たい。」

前も一緒にこの映画見たよね。


さらに次の日は、「このマンガ貸して。」

・・・綾斗も同じの持ってるじゃん。


綾斗は、私がラブレターを書いていることを知った日から、どうも様子がおかしい。月・火・水・木・金・土・日。毎夜、私の部屋に来る。私はその理由を綾斗に聞いてみたが、「ただ暇なだけ。」とぶっきらぼうに返されるだけだった。



そんなことが続きながらも、私はとうとうラブレターを書き上げることができた。


いつもの夜。

綾斗はそんな私を横目で見ながら、

「それ、俺が神山に渡してやろうか。」と、何でもないふうに言ってきた。

私はそんな綾斗を不思議に思いながらも、その提案をすぐに断った。

「直接告白する勇気がない分、自分で渡したい。」

緊張しいの自分が、どうすれば神山くんにこの気持ちを伝えられるか。私にとってラブレターを書くことは、悩んだ末に出した答えだった。

「やっぱりお前は、すごいな。」綾斗は何かに負けたように、ポツリとそう言った。

「え?」

「俺は意気地なしだから、好きな人に想いをずっと伝えられずにいた、」綾斗が私に一歩、ゆっくりと近づいた。

「今日までは。」

決心したようにそう言うと、綾斗は私に一通の手紙を差し出した。

「おまえが好きな人に想いを伝えようと、一生懸命になっている姿を近くで見ていたら、俺も変わりたい。そう思えたんだ。」


『ずっと好きでした。』

手紙を開くと、綾斗の私に対する気持ちが、不器用な字で綴られていた。



綾斗からラブレターをもらって、あっという間に一週間が経った。私はあんなに頑張って書いたはずのラブレターを、神山くんに渡せずにいた。

その理由は、なんとなくわかっている。



そし今日も、綾斗は相変わらず、私の部屋に来る。

「このままズルズルと、俺とずっと一緒にいればいいのに。」


おわり

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ラブレター ~ずっと伝えられなかった気持ち~ お湯になる @oyu100dohaatsui

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