第36話 ハーブ畑に舞う虹色の蝶
湯気の立ち上がる鍋の中では、スープがいい具合に煮えている。コトコトと音を立てる蓋を開け、木製のレードルでゆっくりとかき混ぜる。
カブがだいぶ柔らかくなった頃合いだろう。
次に、切ったパンをフライパンで温めなおす。昨日の昼間に焼いておいたシルヴェローズのパンだ。
しばらくすると、花の香りがふわりと立ち上がった。後は、バターを塗れば──朝食の用意が終わる頃、ジャスミンが目を輝かせてキッチンに入ってきた。
「シルヴェローズ!」
「ああ。前に食いたいといってただろう?」
「そう、これ。この香り!!」
嬉しそうに近づくジャスミンは、用意した他の料理に目を向けて「カリカリベーコンと目玉焼き!」と喜び始めた。こんなシンプルな料理でも、ジャスミンは嬉しそうに食べるんだよな。ただ、フライパンで焼いただけだぞ。
「なに騒いでんだ? おっ、いい匂いだな」
トレヴァーもキッチンに入ってくると、鍋を覗き込んで顔を輝かせた。
「スープのカブが美味そうだ!」
「ああ。農家からもらったからな」
「早く食べよう。お腹ペコペコ!!」
「ルーファス、皿はこれでいいか? ジャスミン、運ぶの手伝え!」
棚から食器を取り出すトレヴァーは「ほらよ」といいながら、ジャスミンにサラダが盛られた木製のボウルを渡すと、スープを用意した皿に注ぎ始めた。
ジャスミンは、ご機嫌な様子で料理をテーブルに運び始めた。
三人で食事をするのは、まだ数える程度だが、こう賑やかなのは悪くないな。
テーブルに並んだ食事を前に、三者三様に「いただきます」といって、食事を始める。ジャスミンの手がパンに伸び、トレヴァーがスプーンでスープのカブをすくう。俺は三人分のサラダを皿に盛り分けてから、フォークを手に取った。
食べる順序も三者三様だ。
「美味しい! やっぱり、シルヴェローズはパンに合うわ。これ、絶対カフェのメニューに入れてね!!」
「このつぶつぶしてるのがシルヴェローズか? いい匂いだな。こういうパンは初めてだ」
「ああ。細長い葉を刻んで練り込んでいる」
舌触りは少し悪くなるが、優しい花の香りは、クリームや蜂蜜と合わせてもいいし、焼いた肉をのせても美味い。なにか具を挟んだっていい。
「蜂蜜とも合う~!」
「ジャスミン、他のものも食えよ」
さらにパンへと手を伸ばすジャスミンに苦笑すると、幼い顔が少し赤くなった。小声で「わかってるもん」といいながら、今度はフォークとナイフでベーコンと目玉焼きを切ってい口に運ぶ。すると、その目が驚きに見開かれた。
「これ! ハーブ塩!?」
「ああ。試しに作ってみた。どうだ?」
「最高よ!!」
「そういや、目玉焼きがいい匂いしたなと思ったんだよ。ハーブ塩ってなんだ?」
「乾燥ハーブをすり鉢で細かく砕いたものに、塩を混ぜたものだ。手軽に味付けに使える」
「コショウの代わりみたいなもんか? 便利だな。これも売れるんじゃないか!?」
今度は、金儲けに気付いたらしいトレヴァーが目を輝かせる番だった。
塩は女神の贈り物だから、貯蔵庫から減ることもないしな。原価はあってないようなもんだ。お試し商品として売り出すのには、丁度いいかもしれない。
食事の度に、こうしてカフェに繋がる話をするのも悪くない。
これが、未来を見据えて語らうということか。
自然と口元が緩むのを感じながら、スープを口に運んだ。
それから、賑やかな食事を終えてキッチンを片付けていた時だった。
畑の方で「ルーファス、大変!」と、ジャスミンの悲鳴が響いた。
なにが起きたというのか。手を拭きながら外に顔を出すと、ジャスミンが杖を振って蝶を追いかけ回していた。
畑の上を、きらきらと虹色に輝く蝶が舞っている。
「なに、騒いで……って、おい、ちんちくりん! なにやってんだ!?」
トレヴァーも外に出るやいなや、悲鳴を上げた。
蝶を追いかけ回しているジャスミンを見て、どうして真っ青になって驚くのか。
二人の状況が全く飲み込めず、髪をガシガシかき回していると、ジャスミンは杖の先端い魔力を集め初めた。
「ばっ、やめろ、ちんちくりん!」
「煩いわね!! こんな害虫、野放しに出来ないわ。──ライトショット!」
光が放たれ、ひらひらと舞う蝶を打ち抜いた。
「バカヤローーーー!! シャドウニブルの成虫がぁああああっ!!」
きらきらとした蝶の羽が霧散して、地面に落ちていくのを見たトレヴァーの絶叫がこだました。
シャドウニブル? さっきの蝶の名前だろうか。あれほど輝いていたというのに、影と名がついているのはどういうことだろうか。
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