第26話 口を開くたびにケンカをする二人と囲む食卓


 テーブルにできあがった料理を並べ終える頃、ソファーでうたた寝をしていたジャスミンが欠伸をしながら体を起こした。すると、キュイッと小さな鳴き声がして、ふわふわした髪の間から、小さなリスが顔を出した。ジャスミンが一時的に使い魔にしたといっていたリスだ。


「なんだ、ついてきたのか?」

「んー、一次的な使い魔契約ってだいたい十二時間なんだよね」


 ジャスミンはいいながら、ごそごそと荷物から取り出した小さな革袋からナッツを出す。それを待ってましたというように、リスが飛び跳ねた。


「リスと使い魔契約だ?」

「なによ、そのバカにした顔」

「バカだろ。リスなんて最弱だろ。体力はねーし、空も飛べない、夜目もきかない、なんの取柄もないだろ? やっぱ、使い魔はフクロウかネコだろう!!」


 スープ皿をテーブルに並べながら、勝ち誇ったようにいうトレヴァーだが、それを眺めてジャスミンが鼻で笑った。ああ、これはまた言い争う流れか?


「なんだ、その顔?」

「最弱のリスね~。そのリスに、あんたは居場所を暴かれたんだけど?」

「ん、なぁ!?」

「最弱に見つかるなんて、やっぱり、へっぽこ魔術師ね~」

「あんだとぉ!? もういっぺんいってみろ!!」


 ガタンっとテーブルが揺れ、驚いたリスがキーキーと抗議の鳴き声を上げた。ああ、こいつらはどうやったら、もう少しお互いを気遣えるだろうか。


「ジャスミン、トレヴァー、飯だ。ケンカは後にしろ」

「だって、ルーファス!!」

「こいつが俺をバカにするから!!」

「バカにしたのは、あんたが先でしょ!!」


 どっちもどっちだな。

 睨み合う二人にため息をつきながら、ソファーに腰を下ろす。


「次、同じようなケンカをしたら、摘まみだすからな」


 少し声を低くして忠告すると、二人は一度睨み合ってから、そっぽを向いた、全く同じようなタイミングでだ。さらに、同じタイミングで二人の腹が鳴る。


 テーブルの上に並んだのは、根菜とイノシシ肉のシスルジンガースープ、トマトとミスティアのサラダ、玉ねぎとベーコンを入れて焼いたオムレツ、パン──トマトの赤が入るだけで、だいぶ華やかになるな。


「腹が減ってると、イライラするもんだ。さあ、食え」

「いただきまーす!!」


 スプーンを持ったジャスミンは、さっそくスープを口に運んだ。


「美味しいー! シスルジンガーの香りが爽やかでいいわ。あ、お芋も入ってるのね」

「ニンジンを入れてもよかったな」

「お野菜たっぷりのスープ、大好き!! こっちはトマトのサラダ!!」

「エシャロットとミスティアで和えてみた」


 喜んでぱくぱく食べ進むジャスミンは、相変わらず幸せそうな顔で食べる。その横に座るトレヴァーといえば、スープを飲んだ後、驚いた顔のまま固まっていた。


「口に合わなかったか?」

「……いや、そうじゃなくて」

「こんな美味しいのに! 好き嫌いするから、へっぽこなのよ」

「おい、ジャスミン。ケンカを売るな。放り出すぞ」

「うっ……はーい」


 少し不満そうな顔で、ジャスミンはオムレツを口に運んだ。直後、目を輝かせてじたばたと足踏みをする。気に入ったらしいな。


 トレヴァーの様子が気になったが、こういうタイプはあれこれ訊いたところで、素直に話しはしないだろう。自分から話したいと思ってくれたらいいんだが。

 パンをちぎって口に放り込むと、トレヴァーが「美味い」と呟いた。そうして、オムレツに、サラダにと次々口に運び始める。どうやら、味に問題はなかったようだな。


 ほっとしながらスープに口をつけると、すすり泣くような声が聞こえた。


「美味いよ……ルーファス」


 トレヴァーを見ると、涙を流しながら食べていた。それに気付いたジャスミンがおろおろし始め、自分を指差した。いや、ジャスミンにバカにされて泣くような男じゃないだろうけど。


「ちょ、泣くことないでしょ!?……あ、あたしも、い、言い過ぎたわよ」

「ちげーよ!」


 ぐいぐいと涙を拭うトレヴァーは、鼻を啜ると俺を見て「ありがとう」と呟く。


「なんか、訳ありか?」


 訳ありでなければ、あんな無茶な金稼ぎなんてしないだろう。

 俺は魔法には詳しくない。だけど、トレヴァーがやっていたことが、どれだけ危険かはわかる。争いの最中なら、敵国の作物にダメージを与えることだってできるし、魔力が必要な部隊のため強制的に魔力収集するよう使われる可能性もある。


 クロヴェル遺跡でみた魔法陣と輝く魔法鉱石を思い出しながら、スープを飲んでいると、トレヴァーは「いつか」と呟いた。


「……いつか、話す」


 まあ、そう簡単に話しはしないだろう。けど、この短時間に、いつか話したいと思ってくれたのか。それで充分だな。すぐカッとなるし、ジャスミンに食って掛かるのは問題だが、悪いやつではない。少しばかり子どものように感じるが、それも話せない訳が関係しているのだろう。


「心配するな。俺にだって話せないことはある。無理に訊いたりはしない。その代わり、さっきもいったがジャスミンと無駄なケンカをするな。こいつにだって、隠し事の一つや二つはあるだろう」

「かっ、隠し事なんて……」

「お互いに迷惑がかからない隠し事なら、構わん。その代わり、ジャスミン。お前もトレヴァーにケンカを売るな」

「売ってくるのはトレヴァーだもん!」

「なら、買うな。ケンカなんぞ、なんの価値もない。わかったな」


 争ったって、なにもいいことはない。俺はそれを身をもって知ったからな。


「お互いどうしても腹が立ったら、俺に話せ。まずは話し合うことだ」

「……わかった」

「うぅっ、わかったわよ!」

「よし、じゃあ、食うぞ。俺も腹が減ってるんだ。ほら、冷めちまうぞ!」


 急かすようにいえば、二人は声を揃えて「はーい」といいながらフォークをオムレツに刺した。

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