第25話 抜け目のない村長とトレヴァーの意外な様子

 ハーブを大量に摘んだ帰り道、村に立ち寄り村長に事と次第を報告した。


「そういうわけで、俺のところでこいつは預かる。ほら、トレヴァー、いうことがあるだろう?」


 トレヴァーの頭をがしりと掴み、ぐっと押せば、文句一つこぼさずにその頭を下げた。意外と素直なところもあるのかもしれんな。


「悪かったよ……村に迷惑をかけようと思ったわけじゃないんだ」

「すぐは信用できんと思う。こいつには、俺の畑だけじゃなくて村の手伝いもさせるつもりだ」

「──うへっ!?」


 顔を引きつらせて俺を振り替えようとしたトレヴァーの頭を、さらに力任せに下げさせると、村長は「まあまあ」といって笑った。


「村としては、畑が元に戻ればそれでいい。ルーファスさんには息子も世話になったし、それに、トレヴァーといったか? まだ若い。やり直せばいいだろう」

「もしも問題を起こしたら、すぐに俺に知らせてくれ」

「問題なんて起こさねーよ!」

「問題を起こしたやつがいう台詞じゃないでしょ! ルーファスと村長さんに感謝するのね」

「なんだと、ちんちくりんっ!」


 俺の手を振り払って顔を上げたトレヴァーはジャスミンと睨み合う。全くこいつらは……


「はははっ、仲がよろしいですね。では、トレヴァーくんには明日から、畑の魔力を見てもらいましょう」

「こんなへっぽこに任せるのは心配だわ。あたしが見てあげる!」

「あんだとー? 大地の魔法は俺の専売特許だ。口を出すんじゃねー、ちんちくりんっ!」

「はははっ! では、お二人に任せてもよろしいですかな?」

「任せてちょうだい!」

「任せろ!!」


 声を合わせて村長を見たジャスミンとトレヴァーは、再び睨み合った。

 この村長、なかなか抜け目のない奴だな。この二人をわざわざ乗せて頼みやがった。


「仲良くお願いしますよ。ああ、ルーファスさんも一緒にお願いしますね」

「……俺は保護者か?」

「まあ、そんなところでしょう」


 軽く笑う村長にため息をつきつつ、トレヴァーを引き込んだ手前、仕方ないかと腹をくくるしかあるまい。それに、村の畑をこの目で見て、カフェで使う野菜の仕入れを、直接話せると思えばいいか。


 いつまでも睨み合う二人の頭を小突き、今日のところはログハウスに戻ることにした。それから、何事もなく──二人はことあるごとにぎゃんぎゃん騒いでいたが、我が家に戻った。


 ログハウスに着くなり、ジャスミンは「お腹すいた!」と声を上げると、ソファーにごろんと転がった。

 そういえば、昼はとうに過ぎている。朝も早かったし、あれだけ魔法を使ったんだ。相当、疲れているだろうし、腹も減っているだろう。


「なにか作るか。トレヴァー、なにをしてるんだ? 入ってこい」


 入り口に突っ立ったままのトレヴァーは、きょろきょろと部屋を見渡した。まあ、これだけなにもないと驚くよな。


「ここが、おっさんの家か?」

「ああ。裏に部屋がある。余ってる一室、貸してやるから使え」

「えっ!?」

「どうして驚くんだ?」

「いや、だって……そのへんでも寝れるぜ? そのソファーとかでいいんだけど」


 顔を引きつらせたトレヴァーは、ジャスミンが転がるソファーを指差した。


「畑を手伝わせるんだ。寝床くらいちゃんとやる。それに、そのソファーは」

「あたしのソファーよ!」


 そう、ジャスミンのお気に入りなのだ。夜になると自分の森に帰っていくが、ここにいる間、休んで魔力を回復するのは、そこと決まっている。


「ソファーよりベッドの方が休めるだろう」

「……まあ、そりゃ」

「気にするな。余ってる部屋だ。それより、摘んできたハーブをキッチンに運んでくれ」


 トレヴァーが遺跡で魔法鉱石を大量に詰めていた袋を指差した。石は取り出し、その代わりに摘んだハーブをつめてきたものだ。


「お前も、魔力消費して疲れただろう?」

「……まあ」

「明日からは色々やってもらうからな。今日は飯を食って休め」


 キッチンに入り、昨夜の内に焼いておいたパンを取り出す。


「ああ、ハーブはこの籠に広げて、テーブルに置いてくれ」

「籠? ああ、この平べったいやつか」

「助かる」


 俺にいわれたまま動くトレヴァーは、袋の中からハーブを出し始めた。意外にも素直だな。少し拍子抜けしながら、キッチンに向かった。

 さて、ジャスミンはだいぶ疲れていたし、あまり時間はかけない方がいいだろう。


 帰り際に村で貰った玉ねぎと芋、塩漬けにしておいたイノシシ肉はそれぞれ薄くスライスする。それから、ニンニクと、摘んできたシスルジンガーと一緒に鍋で水から煮始めた。

 鍋を煮込んでいる間に、切ったトマトと刻んだエシャロットを塩とミスティアの葉を混ぜる。


「おっさん、料理上手いんだな」

「生きるために覚えただけだ」

「……生きるためか」

「ああ。人間、食わなきゃ生きていけないだろう?」


 吹きこぼれそうになった鍋の火を弱め、浮いてきた灰汁をとりながらかき混ぜると、横にトレヴァーが立った。


「どうした?」

「……なんか、手伝うことない?」

「暇か?」

「ただ飯食うのは気が引ける」

「ははっ、ジャスミンに聞かせたいな! じゃあ、皿の用意をしてくれ。それから、ティーポットとカップもな」


 棚を指差すと、トレヴァーはスープ皿を取り出した。

 それからオムレツを焼いていると、鍋からスパイシーな香りが漂ってきた。

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