第5話 男装の理由

「ノア、このあたりの地形について質問しつもんだ。さっき空を飛んだ時、川が見えたんだけどどっちに行けばいい?」


 ――このまま道沿いに10キロほど進んでください。

 ――風の精霊せいれいによると大きなはしがあるとのことです。


「わかった。今夜はその近くで休憩きゅうけいしようか。掃除そうじ洗濯せんたく、水の確保かくほ。やるべきことはたくさんあるしな」


 ……

 …………

 ………………


「時間と空間の精霊さんやべえなこれ。コンテナの中が一瞬いっしゅん快適かいてき空間じゃん。リフォーム業者ぎょうしゃは完全に仕事をなくすぞ」


 戦闘から一時間後――大和はノアを運転し目的地へと到着とうちゃく

 ノアを変形させ谷底たにぞこから大量の水を確保すると、それを使って必要な家事かじを行った。


 掃除、洗濯、夕食の準備じゅんびえた大和はノアが精霊との交渉こうしょうの結果手に入れたコンテナハウスに、屋根裏やねうらスペースに置いてあった大型の壁掛かべかけテレビを移動させる。


 かみなりの精霊の力を借りて適切てきせつな電力を確保し、現在――外付けハードディスク(2TB)に保存しておいたアニメを見つつ、まったりと炭酸飲料たんさんいんりょうを流し込んでいた。


「うぅ……ここは?」

「お、気がついたか」


 部屋のすみに置いたベッドから声が上がる。

 大和はアニメを一時停止し様子ようすを見に行く。


「見れぬ空間……私は――そうだ! 戦闘せんとう! たたかいはどうなった!?」

け。戦いは終わったよ。無事ぶじ勝ったから心配するな」


「そ、そうか……良かった――って……」

「………………」


 安心した結果けっか、気づいたらしい。

 気絶きぜつする前と今で、着ている服がちがうことに。


「………………見たのか?」

「………………ええ、バッチリと」


「この服は?」

「俺の着替きがえ。女物なんて持ってないから我慢がまんして欲しい」


何故なぜがした?」

「服がゲロまみれでみになると思ったから……高そうな服だったし、もったいないと」


 ちなみに服は洗濯みだ。

 コンテナ内部にひもって、そこにぶら下げてある。


「洗濯はちゃんと素材そざいがダメにならないようやさしく手み洗いで……あ! 言っておくけど純粋じゅんすいに染みにならないようにって思った結果けっかだからな! 女だって気づいて、気絶しているうちにエッなことをしようとか思ったわけじゃ――」


「……そうか。ならいい」

「……信じてくれるのか?」


貴殿きでんは命がけで私たちを守ってくれたのだ。私たちがび出したとはいえ、直接的には関係ないはずの私たちを。そのようなお人好ひとよしを信じないはずがあるか」

「そう言ってくれると助かるよ」


 大和は立ち上がると冷蔵庫れいぞうこの前へと移動。

 中からオレンジジュース缶を取り出し、ふたを開けてからアレクにわたす。


「……ッ! 美味おいしい! 何という美味びみだ!」

「ただのオレンジジュースなんだけどな。果実かじつ系の飲み物とかこっちにはないのか?」


「あるにはあるが、このような濃厚のうこうな甘さはない。もっとうすい上に植物独特どくとく青臭あおくささというか、苦味にがみ、エグ味がある」


「あー、なるほど。俺たちの世界は野菜や果物の品種改良ひんしゅかいりょうが進んでるもんな。数百年前の野菜なんかはとてもじゃないけど食えたもんじゃないって聞いたおぼえがある」


「魔法の無い世界、か……トラックといい、この飲み物といい、私たちの世界よりも格段かくだんすぐれている。魔法なんてない方が良いのかもしれないな」

一概いちがいにそうとも言えんだろ。便利なのは間違まちがいないし」


 大和が缶をグイッとあおった。

 炭酸飲料独特のリアクションが出そうになるが、女性の前で出すのはさすがにずかしいので何とかこらえた。


「理由はなんとなく想像できるけど、何で男装だんそうしてたんだ?」

「ドナウディール帝国の王位継承権けいしょうけんは男子にのみ存在する。女子に継承権はない」


「よくあるやつか……親父さん、前皇帝が生きている間に制度せいどとか変えれなかったのか? 女でも即位そくいできるようにすれば、わざわざ男のフリなんてしなくてもよかっただろうに」


「それができれば苦労はしない。王位継承権の変更へんこう法律ほうりつかかわわる問題だ。いくら皇帝とはいえ、個人の勝手なねがいで変更などできん」


 法律の変更には議会の承認しょうにん過半数かはんすうが必要となるとのこと。


 帝国議会の議員は大貴族だいきぞく大商人だいしょうにん大司教だいしきょうなどの一定以上の権力を持った人間で構成こうせいされているため、王位継承権の変更となると様々な問題が予測よそくされる。


「王位継承権の変更など、議題ぎだいげたところで全く取り合わないだろうな。いや、それならまだいい方で、利権りけんがらみに動く連中が暗躍あんやくし、最悪国をっての戦争が勃発ぼっぱつする可能性すらある」


「その戦争、もう起こっている気がするのはワタクシの気のせいでしょうか?」

「……そうだったな。女であるこの身がうらめしい。何故なぜ私は女なのだ!? 男にさえ生まれていればこんなことには……!」


「………………」

「私が男だったら、叔父おじもこのような蛮行ばんこうには……」


「いや、それはどうかな? お前が男であれ女であれやる奴はやるよ。自分の欲望よくぼう最優先さいゆうせん。他人のことなんて知るかボケ。俺さえよければそれでいいんだ。そういう奴らは山ほどいる」

「…………そうだな。貴殿の言う通りだ」


 ある程度ていど胸の内を吐き出せたからか、アレクはようやく落ち着きを取りもどした。


「叔父のバルボッサは野心家やしんかだ。父と最後まで皇帝のあらそったらしい。私が男であっても仕掛しかけてきたに違いない」


「だろ? だから『もしも〇〇だったら』なんて考えるだけ損々そんそんなやむだけ心の負担ふたんになるからするだけ無駄むだってなもんだ」

「そう、だな」


 アレクがジュースを飲み終えた。

 大和は缶を回収かいしゅうしゴミ箱にてる。


「まあ、俺はお前が女でよかったよ」

「どうして?」


「イケメンと一緒いっしょより美少女と一緒のほうがうれしいしたのしいだろ」

「美少女……? 私がか?」


「他に誰がいんだよ? そこでているサツキも美少女にカウントされるけど、会話の趣旨しゅし的にお前しかいねーじゃん」


「大和、私とサツキは十八だぞ? ともに貴族学院の学生ではあるが、すでに成人して三年も経過けいかしている。もう少女という年齢ねんれいでは――」


「俺の国では二十歳はたちが成人なんでな……あ、でも最近十八歳に引き下がったんだっけ? まあでも学生の身なら十分少女だって」


「むぅ、そうか……では百歩ゆずって少女だとしても、『美少女』というのは――」

「それ本気で言ってる? アレク、お前さんかがみで自分の顔を見たことないのか?」


「いや、さすがにあるが……」

「ならわかるだろ? 自分の容姿ようし並外なみはずれてととのっていることに。お前さんが通っている貴族学院とやらで、見た目に関してめられなかったか?」


「それは……あったが、でもそれは私が皇帝の子どもだから言っていたお世辞せじではないのか? それに、私は学院には男として通っているから、褒められたのは男としてでは?」


「前者に関してはそれもあるだろうけど純粋に褒められてるだけだと思うぞ。後者に関しては半々ってところか? お前の男装って中性的だからどっちとも取れる」


「じゃあ、私は純粋に女として美しいのか?」

「だからそう言ってるだろ」


「……知らなかった」

「さいですか……」


 まるで他人ひとごとのように言うアレクに対して、少しあきれたような態度たいどで大和は答えた。


「国のために女であることを否定ひていされ、男であることをもとめられていたから、そのように言われたのは初めてだ」


「なんか大変そうだな……で、初めて言われた感想は?」

「自分でも意外なのだが………………ちょっとだけ嬉しい」


 はにかみながらアレクが答えた。

 ピュアピュアな彼女の態度に、大和の中のけものがちょっとだけ反応する。

 大和は思いっきり自分のほおを叩いて、よこしまな考えを振り払った。


「や、大和!? 貴殿急に一体何を!?」

「い、いや、何でもない……それより飯にしよう。もう夜遅いけど。長距離の運ちゃんやってたから携帯食けいたいしょくは大量に買い込んであるんだ。アレク、腹減ってないか?」


「減っているが……」

「よし。なら食おう。起こしちゃかわいそうだし、サツキには内緒ないしょで」


 大和はレトルトのご飯とカレーをレンジで温めアレクに振る舞った。

 異世界の料理に感動し、舌鼓したづつみを売った彼女は、ほどよい満腹感のままとこに入る。


「俺は屋根裏のプライベートスペースで寝る。じゃ、おやすみ。ノア、電気消して」


 ――わかりました。


 コンテナルームの電気が消え、アレクはゆっくりと目を閉じる。


 ――美少女。

 ――女でいてくれて嬉しい。


「…………♪」


 初めてそんなこと言われた。

 逃亡生活で疲弊ひへいしているはずの彼女の寝顔は、どことなく幸せそうに見えた。




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 男装ヒロイン……いいですよね。

 特に無理して男として振る舞っているヒロインかつ、その子が女であることを受け入れるシチュとか最高に好き。

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