幕間
呪文・白・センタク
あまりのことに、すがりつきたくなったのだろうか。植園夏樹は、アヴィオールの後頭部に軽く顔を埋めていた。
ほんのり甘いにおいがする、柔らかな彼の白髪。生まれた時から傍にあった白。そこに顔を埋めていると、掻き乱された夏樹の心はだんだんと落ち着いてきた。
「ナツキ、そんなことをしている場合ではないはずだ」
そのように注意しておきながら、アヴィオールの声には夏樹の身を案じているような響きがある。その声で、夏樹は顔を上げることに──現実を受け止めることに、決めた。
一切外に出ず、生首と共に過ごしてきたホテルの一室。その部屋代を始め、全ての食事の費用や、その他必要になると金を出してくれた男、植園紅葉が今、夏樹とアヴィオールの前に立っている。
おそらく魔法を使い、一瞬で部屋の中に転移してきた植園紅葉は、ろくな前置きもなく、夏樹にあることを告げた。それに対し夏樹はすぐに返事もできず、言われたことも受け止められず、現実逃避がてらアヴィオールの後頭部に顔を埋めていたが、今はもう大丈夫だ。
脳裏に、亡き父の顔が思い浮かぶ。次いで、兄の顔も。
あまり感情を表に出さない、何かと注意をしてきた、双子のように自分とよく似た顔の兄。面倒な所もあったけれど、誰よりも頼りになる兄だった。
「──兄貴が死んだって、どういうことですか?」
植園春花。夏樹とは腹違いの、同い年の兄。ほんの数日の差だが、兄は兄として、アヴィオールが第一だと言いながら、何かと弟である夏樹の盾となり、彼を守ってくれていた。
そんな兄が死んだのだと、無感動な声で植園紅葉は告げたのだ。
「あいつが滞在していた場所で、殺し合いが起きた。あいつはそれに巻き込まれて、死んだ」
「……兄貴は、そんな危ない場所にいたんですね」
「──そして、これからお前が向かう場所だ」
生首を抱き締める手に、力がほんのり込められる。アヴィオールから非難の声は上がらない。多少苦痛を感じても、今の状況では耐えているのか。
「俺はあいつに、あることを探るよう命じていたが、あいつはそれを最後まで達成できていない。お前にはその続きをやってもらう。分かっていると思うが、お前に選択肢なんて贅沢なものはないからな?」
「……はい」
──私達は、アヴィオール様を守る為だけに作られた。
──あの方を第一に考え、他の者に奪われないよう、命を賭してお守りしろ。
──それが、私達の生きる理由だ。
兄が、呪文のように繰り返し口にしていた言葉。それが、最終的に兄を死へ導いた。アヴィオールを他人に、植園紅葉に奪われない為に。
今度は、自分がそこへ導かれるらしい。
植園紅葉と目を合わせれば、不機嫌そうな彼の目は未だ赤く染まっている。すぐにでも、夏樹をその場所へと魔法で連れ去ることができるのだろう。
「アヴィーも連れていっていいですか?」
「ああ。もしかしたら、あいつも喜ぶかもしれない」
「あいつ?」
「……お前の、姉だよ」
兄と同じく、腹違いの姉。まだ会ったことのない姉。──もしかしたら、兄の死の原因かもしれない。
兄は、何故だか急に姉へ肩入れするようになっていたが、姉の元に行けば、その理由も分かるのだろうか。
「荷物をまとめろ、すぐに行く」
植園紅葉にそのように言われ、アヴィオールを脇に抱えながら、夏樹は少ない荷物をまとめていく。きっともう、ここには戻ってこないんだろう。ボストンバッグのチャックを閉めて、持ち上げようとした所で思い出す。そういえば、ある物をずっと放置していたと。
部屋の隅にある書き物机へと近付き、その上に置かれていた物を手に取る。うっすらと乗っかった埃を手で払い、何とはなしにじっと見つめた。
──兄に押し付けられた手帳。
姉の元にいる間、兄はここに日々のことを書き綴っていたらしい。最初の方だけ読んで、飽きて放置していた。
吸血鬼となり、誰かの子供を身籠った姉。そんな姉の傍にいた吸血鬼と、アヴィオールと同じ吸血生首。これから向かう場所には、彼らもいるのだろうか。
アヴィオールが夏樹の名前を呼んで急かしてくる。夏樹は頷いて、ボストンバッグのチャックを開けると中に手帳を押し込み、植園紅葉の元に向かう。
◆◆◆
ここから先は、続きの話。
誰かに置いていかれた者達の話。
そんな者達が、■■を得るまでの話。
生首と■■の話 黒本聖南 @black_book
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