センタク
玄関周りを掃除している時に、アスターは植園紅葉と遭遇したらしい。魔法で玄関まで転移してきたのか、音もなく急に現れたのだとか。
「いきなり、よう、と声を掛けてきました。それから、ひどく警戒した様子で、しきりに辺りを見渡しながら、中に入れてくれと言ってきたのです。迷いました。ジェラルド達は山の中にいますし、彼は粗暴な所はありますが、息子と違って最低限の礼儀は尽くしてくれる。それでも、中に招くのは少なからず抵抗感がありまして、返事をできずにいましたら、早急にハルカと話したいことがあるから頼むと、頭を下げられたのです」
歩きながらアスターに経緯を説明してもらい、春花は驚きに目を丸くした。
「頭を下げた? あの植園紅葉が?」
「はい。あのコウヨウ・ウエソノが、です。なんなら、土下座までしようとしてきましたから、慌ててやめさせましたよ」
「……っ」
偉そうな男。自分達の命を握っている男。──姉につくことにした春花が、最も警戒すべき男。そんな男が、土下座をしようとしてまで春花と会おうとする理由は何なのか。彼には検討がつかない。
戸惑いを抱きながら、アスターに先導されていき、庭へ。
名も知らぬ白い花々は、いつぞやの姉達とした散歩の時と同じく、温かな陽光に照らされる中、美しく咲き誇っていた。──その中に一際目立つ、黒い男。
前髪を後ろに撫で付けた髪型も、品の良さを感じるデザインのトレンチコートも、足音に気付いて春花に向けられた三白眼も、全て春花の記憶の通りだ。
「待ったぞ」
「……すみません」
短い苦言を呈され、春花は謝罪を口にする。植園紅葉はつまらなそうに鼻を鳴らしただけだった。春花は彼の正面に立ち、アスターは春花より一歩後ろに控える。
「何のご用でいらしたんですか、紅葉さん」
「俺が会いたいっつってんのによ、お前がなかなか会おうとしてくれねえから、我慢できなくて来てやったんだ」
いつも通りの不遜な態度。土下座までしようとしていたと事前に聞いていたが、そのようにはとても見えない。春花の戸惑いは増していく。
「それは、ごめんなさい」
「会えたからもういい。まあ、くだらねえ戯れ言はおいといて、真面目な話をしようか」
植園紅葉は春花達から視線を逸らし、フラワーアーチに蔦を絡めて咲く、小さな白い花を一輪、摘み取った。
うちの花ですよとアスターが咎めたが、植園紅葉は返事もしない。花を手の中で弄びながら、自分の言いたいことを口にする。
「──桜紫郎がいなくなった」
淡々と告げられた最悪の言葉は、春花の耳にも、アスターの耳にも、無事に届けられる。
「……っ」
「何ですか、それは!」
身体を強張らせた春花の後ろから、叫ぶように非難したアスターの声には、隠しきれない怒気が混じっている。
「不出来なお子さんなんですから、監視は厳重にお願いしますと何度も言ったじゃないですか! うちは今、大事な時期なのですよ! 彼を野放しにして、邪魔しに来たらどうするんですか!」
「父親相手によくもまあ、メンチ切って息子を罵倒できるな」
「事実を言ったまでですよ! すぐにでも探しだして縛りつけて外に出さないようにしてください!」
アスターの叫びを耳にしながら、へらりと植園紅葉は笑う。見ていてあまり愉快にはならない類いの、そんな笑み。そして馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、答えるのだ。
「俺と嫁、それから娘三人で、魔法による捜索をしているが、何でだろうな、引っ掛からないんだ」
「引っ掛からないって……どういうことですか!」
「あいつもあいつで、魔法による妨害工作をしてんだろうな」
「……そんなこと、できるんですか?」
アスターと植園紅葉が会話している所に、春花は自身の疑問を挟み込ませる。植園紅葉は乱暴に後頭部を掻いて、疑問に返答した。
「できてるから、見つからないんだろう。普通に考えれば、所持している涙が尽きれば魔法も使えなくなる。そのタイミングを待つばかり、だな……」
掻く手を止めて、ぐしゃり、なんて効果音が聞こえてきそうなほどに、髪を乱雑に掴んだ。
「桜紫郎は俺の子供の中で一番駄目だ。魔法の使い方が下手、というか、暴力を振るう為の手段としか思っていない。魔法で身体強化させて、どれだけの暴力沙汰を起こしてきたか。そのどれもがつまらん理由で起きててな、揉み消すのにけっこうな涙を使わされたもんだ」
「まさか、カエデに下劣な真似をしてきた時も」
「だろうな。話に聞いた時は、歯並びがめちゃくちゃになるほど殴ったもんだ。その後自分で、綺麗に魔法で治しやがったが」
植園紅葉の口から溢れた吐息には、多量の疲労感が込められているように、春花には感じられた。
「誰彼構わず、気に入らない奴に噛みつく馬鹿息子。手駒や共闘相手を作るって発想がなく、敵ばかり作る。あんなのを後継にはしたくないんだが、嫁がうるさくてな。自分が家を継ぐと思っていたのに、入婿の俺が家を仕切っている現状が未だに許せないみたいで、俺としては優秀な長女に継がせたかったのに、桜紫郎が生まれた途端に、長男を跡継ぎにしろってかなりごねられて。男なら、結婚相手に家を乗っ取られないだろうと考えたんだろうな。最終的に、桜紫郎を後継者にしないなら、娘達を全員殺して自分も死ぬって喚くから、仕方なく桜紫郎にしたらこれだもんな。育て方を間違えたな」
だいぶ溜まっているようで、重々しい声で延々とアスターや春花に愚痴を溢すその姿には、疲労の他に後悔も混じっている。
「愚痴を吐くのは後にしてくださいよ。今は、野放しになっている危険な息子さんを見つけ出すことを、それから、見つけ出せなかった場合どのように対策をするのかを、考えていかないと」
若干軽蔑の混じった声音で今後の作戦を練ろうと語り掛けるアスターを、植園紅葉は真顔で見つめ、後頭部から手を離し、頷く。
「捜索は引き続き嫁と娘達に任せるとして、この家の侵入対策を考えないとな」
アスターへ、そして春花へと視線を動かしていき、植園紅葉はその言葉を口にした。
「他に選択肢はないと思うが、俺と手を組むつもりはあるか?」
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