春花がカエデ達の元に来てから、カエデは常に黒いセーラー服に袖を通していた。

 市販のものではなく、腹が大きくなってからも着られるように、柔らかくて伸びる生地を用い、ゆったりとしたものを作っていたそうだ。腹が大きくなるのに合わせて、都度都度作り直しているとも。

 そこまでしてセーラー服を着たいものかと、学校に通っていない春花は思うのだが、


『セーラー服、好きなんだ』


 とうっすら笑みを浮かべながら姉が言うので、今まで突っ込まずにいた。

 いた、が。


「……え、姉さん?」


 座っていた椅子から立ち上がり、どうしたんですかその服と、弟は突っ込まずにはいられなかった。

 朝食の場に現れたカエデは、癖のない長い黒髪を下ろし、いつものセーラー服ではなく、真っ白なワンピースに身を包んでいた。弟に突っ込まれ、カエデは無表情にくるりとその場で一回転する。


「似合う?」

「似合うぞ」


 答えたのは、テーブルの上に置かれたシャムロック。その横顔がどこか満足そうに見えるのは、春花の気のせいか。


「こないだ、訪問検診に来てもらった時、守永先生に言われちゃったの。セーラー服より、もっとゆったりしたワンピースの方が、子供達も落ち着いてお腹の中で過ごせるんじゃないかしらって」

「そう、なんですか」

「マタニティウェアなら通販で頼めばいいじゃないですかって、私いつも言ってましたよね?」


 春花が返事をしてすぐ、テーブルの上に三名分の食器を置いていきながら、アスターが話に入ってきた。


「手作りの方が楽しいでしょ?」

「……楽しいかもしれませんけど、一人の身体ではないんですからね。あまり無理はしないでくださいよ」

「はーい」


 腹を気にしながらテーブルへと歩み寄り、椅子に座る姉の様子を、春花は何となく目で追っていた。彼の視線はこっそりとしたものではなかったから、姉と目が合うことになる。その際に、視線は逸らさなかった。


「どうかした?」

「……その、ですね」


 カエデは急かすことなく、静かに春花が何を口にするつもりなのか待ってくれた。アスターとシャムロックもその空気を察し、無言でアスターはシャムロックに自身の腕を差し出して、吸血させている。

 この空気感に、これから自分が口にする言葉に、だんだん緊張してきた春花は、それでも、勢いに任せて姉に言うのだ。


「──白も、似合ってます」


 いかにも緊張していることが伝わる声音で、弟が口にした言葉を聞き、カエデは赤々とした目を見開く。そこで限界を感じた春花は、恥ずかしさから視線を逸らした。

 室内に、シャムロックがアスターの血を飲む音が、一際大きく響く。


「……春花、ありがとう」


 恐る恐る、といった感じで春花が顔を上げれば、感情表現が控えめな姉にしては珍しく、満面の笑みを浮かべていた。

 そんな姉の顔を見ていると、春花の緊張が解けていき、常に真っ直ぐな彼の背中は、力が抜けて丸くなった。

 ──では、頂きましょうか。

 話が一段落ついたと判断したようで、アスターがそんな言葉を掛けてくる。春花の背中は再び真っ直ぐになり、声を揃えていただきますと言うと、勢い良くロールパンにかぶりついた。

 本日の朝食は、生ハムを挟んだロールパンと、タコの形にしたウインナー、ケチャップの掛けられたスクランブルエッグ、それからエリンギの醤油炒めと、温かなコーンクリームのスープ。

 カエデは美味しい美味しいとアスターに声を掛け、春花はロールパンを三個おかわりする。誰しも残さず間食し、満足げに腹を擦った。


◆◆◆


 朝食が終わった後は、カエデは部屋で一休みし、アスターは家事を、シャムロックはいつも通り映画観賞、春花は部屋で書籍を読む。

 昼食の時間まで、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた時──その男はやってきた。


『……ハルカ』


 扉の向こうからアスターの声がして、春花は顔を上げる。本を閉じて机の上に置き、はい、と気持ち大きめな声で一言告げて、扉の方へと近寄った。

 気のせいだろうか。アスターの声がいつもより暗く春花には聴こえた。

 扉を開ければ、そこにはアスターのみ。カエデもシャムロックもいない。春花の部屋へとやってきたアスターの表情は、何故か、強張っている。


「アスターさん、どうかし」

「ハルカ」


 春花の声を遮って、アスターは口を開く。


「今すぐ、庭に来ていただけませんか?」


 その声はひそめられ、いつもより早口だ。

 何か起きたのかと警戒しながら、構いませんよと春花は答える。すると、申し訳なさそうな顔をしながら、私もお傍に控えさせていただきますからと言ってきた。


「何かありましたか?」


 答えてくれるだろうかと思いながら春花が訊ねれば、アスターは重々しく頷いて、返事をする。


「──コウヨウ・ウエソノが、貴方にお話があるそうで、今、庭にいます」

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