たぷたぷ

 心細い、淋しい。

 そのような感情は何なのか。

 ──物凄い勢いで、たくさん注文した料理を食べていく弟の姿を見ながら、兄は一人思った。


「……食事を全然取ろうとしない、とおっしゃってはいませんでしたか?」

「貴方がいない時はそうだった」


 魔法でホテルの部屋に転移すると、夏樹は泣き笑いの表情を浮かべ、春花に抱き着いてきた。春花は魔法で引き剥がし、会いに来てやったぞと告げれば、ありがとう兄貴と大きな声で礼を言って──素早くルームサービスを頼みだした。

 安心したら腹が減ったとのこと。

 部屋代はもちろん、そこで過ごしていく中で掛かる費用は、全て、植園紅葉が肩代わりしてくれる。だから何も考えずに、夏樹は食べたいだけ料理を注文していった。

 数分後には、空になった皿がテーブルの上に残る。


「腹、たぷたぷになった……」


 仄かに膨らんだ腹を撫でながら、夏樹がそんなことを呟く。春花は一口も食べなかった。食べる暇もないほど、夏樹が食い荒らしていた。


「良かった。ナツキは満足したらしい」

「それなら、戻ってもよろしいですか?」

「……その、待ってくれないか。もう少しいても」

「申し訳ありません、アヴィオール様。姉達の様子が気になるのです。いつ何時、不届き者が侵入するか分かりません。アヴィオール様の守護は夏樹に一任しております。情けない奴ではありますが、魔法の腕は私よりも上であり、信じてくれとしか言えませんが……」

「いや、それはいいんだ。事情はよく分からないが、何か覚悟が決まったような顔をしている。貴方は貴方の行きたい道を行くといい。それよりも小生は、もう少し、ナツキの傍にいてほしいと」

「……正直、二度と会わないつもりでここを出ました。それをねじ曲げ、来たのです。腹が膨らむくらい食べたようですし、もういいでしょう」


 生首は何か言いたげだったが、結局何も言わない。彼に頭を下げ、春花は夏樹に話し掛ける。


「夏樹」

「あ、遅くなったけど、兄貴も何か食う?」

「食べない。帰る」

「えぇっ! 来たばっかじゃんか!」

「長居し過ぎた」

「してないしてない! もう少しいてよ」


 夏樹が手を掴もうとしてくるから、春花はそれを容赦なく振り払った。固まる夏樹に構わず、春花は彼に背を向ける。


「夏樹。私は」

「兄貴!」


 春花の言葉を遮り、夏樹は自分の言いたいことを口にした。


「──植園のおっかないおっさんと、連絡取ってないのか?」

「……」


 異母姉に付くと決めてから、植園紅葉とは連絡を取っていなかった。どんな誤魔化しの言葉も、彼には効かないと思ったから。

 アヴィオールの守護だけでなく、植園紅葉への対応まで夏樹に任せるのは、さすがに酷だろう。


「……お前には迷惑を掛けた。速やかに連絡しよう」

「兄貴」

「それでは、行く」

「兄貴!」


 弟の叫びを耳にしながら、兄は無情にも、魔法を行使した。

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