置き去り

 洋館で日々を過ごすようになって、数日が経つ。春花のスマホには、弟からのメッセージがたびたび届いていた。


『兄貴、こっちに来ないの?』

『たまには顔見せてよ』

『アヴィーが兄貴のこと気にしてる』

『俺一人で守るとか無理だし』

『本気なの?』

『ねえ、兄貴』


 あの日、弟を置き去りにしてから、メッセージが届かない日は一日としてなかった。時折、電話を掛けてくることもあったが、ほとんど無視している。

 それでも、今回春花が電話に出ることにしたのは、いい加減にしろと弟に喝を入れる為だった。


『ハルカ』


 だが、聴こえてきたのは、生首の声。

 彼を守る為だけに作られたくせに、それを放棄し、狼を選んだ春花を責めるつもりなのかと、春花は返事もせずに身構えた。


『ナツキがな、淋しそうなんだ。彼にしては口数が少ない。食事も全然取ろうとしない。このままでは死んでしまうかもしれない。一度、彼に顔を見せてやってほしい』


 生首の口から出てきたのは、弟を心配する声だった。

 守護すべき生首にいらぬ感情を抱かせるなんてと、弟へ怒りやら苛立ちやらを感じたが、徐々に、顔を見せて直接喝を入れねばならないかと思うようになってきた春花。

 一度、姉達と相談させてほしい。そう告げれば、生首は分かったと言い、春花が切ろうとすれば待ってくれと止めてきた。


『一言、ナツキに声を掛けてくれないか』

『……兄貴』


 春花は溜め息を我慢しなかった。そして、弟に掛ける言葉を考えながら、口を開く。


「確約はできない。無理なら改めて連絡する。場所は移動していないな?」

『してない。してないから、来てよ』

「……しっかりしろ。私は、お前だからアヴィオール様を託したんだぞ。認めたくないが、正直なことを言えば……お前の方が、魔法の扱いは上手いんだ。いざとなれば、私なんかよりもスマートにあの方をお守りできるだろう」

『そんなことない』

「あるんだ。とにかく待っていろ」


 電話を切り、春花はその足でリビングに向かう。食事を終えてから、カエデとシャムロックがそこで映画を観ていたのだ。

 春花が来るとカエデはうっすら笑みを浮かべ、一緒に観る? と誘ってくる。それもいいかもしれないと思いながら、彼女と、それからシャムロックに向けて話した。


「弟に、会いに来てくれと言われまして」

「……夏樹、だよね」

「そうです」

「春花、ここにいてくれているから、何日も会ってないよね。淋しい、のかな」

「情けないことです」

「そんなことないよ。まだ子供だもん。会いに行ってあげて。シャムロックもそれでいいよね?」

「ああ。……それか、ここに呼んでもいいぞ」


 生首の申し出に、一瞬春花は思案したが、すぐに首を横に振った。


「夏樹は少々口が軽い。思慮が浅い所があります。姉さんの恋人や子供達のことを知られるリスクは避けたいです」

「……残念だな」


 本当に残念そうに言うと、行ってやれと生首は許可してくれた。

 ありがとうございますと頭を下げ、ポケットから小瓶を取り出し、中にある吸血鬼の涙を呷ると──瞬きの間に姿を消した。

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