流行

 朝食の場に向かってすぐに、カエデから、食べ終わったらすぐに散歩をしようと言われた。


「皆で庭を散歩して、外でお茶を飲もうよ」


 アスターとシャムロックに事前に言っていなかったようで、どちらも驚いた顔をし、体調は問題ないのかと心配していたが、当の本人たるカエデは平気だよと微笑みを浮かべていた。

 何か問題があればすぐに部屋に運びますからねとアスターが言えば、それでいいよとカエデは返し、そのままいつも通りに朝食を済ませる。

 今朝のカエデは手ぶらではなく、持ち手の付いた蓋があるバスケットを持ってきており、アスターが食器を片付けている間に、それをテーブルの上に置いて中身を見せてくる。


 狼だった。


 狼柄の端切れで作ったと思われるぬいぐるみや、黒や灰色の毛糸で作られた編みぐるみが、バスケットいっぱいに詰め込まれていた。どれも一目で、狼だと分かる見た目をしている。


「なあ、カエデ。それどうしたんだ?」


 戸惑った声で訊ねたのは、バスケットと同じくテーブルの上に置かれていた、生首シャムロック。どこか楽しそうな様子で狼の人形を出して並べていくカエデは、珍しくも若干弾んだ声で答えていた。


「最近、若い人達の間で、人形を持っておでかけしたり、写真を撮ったりするのが、流行ってるんだって。カエデも、やってみたくなったの」


 春花もやろ。

 ……正直、正直に書かせてもらえば、バスケットの中の狼達はどれも……魅力的で、いくらでも眺めていられた。

 そんな感情、持ってはいけないのに。

 何も言わないでいる私に構わず、春花はどれがいいかなと選ばせてくるカエデ。


「私はけっこうです。姉さんだけ持ってはどうですか」

「せっかくだから一緒に持とうよ。なんなら、選んでくれた子、あげるよ」


 そんなことまで言ってくれる。

 狼。狼。狼。狼。狼。狼。

 私の目は狼に釘付けになった。どれも素人が作ったにしてはとても完成度が高く、全ての狼を傍に置きたく……いやそんなことを思ってはいけないというのに!


 結局──その中で一番大きな狼のぬいぐるみをもらった。


 仕方ないだろう。選ばなければ角が立っていた。今後の関係を考えてこその選択だ。私情に飲まれたわけではない。

 そのタイミングでアスターが戻り、カエデはバスケットを持って立ち上がる。それじゃあ行こうかと彼女が最初に部屋を出ていき、アスターがシャムロックを抱えてその背を追い、私も後に続いた。

 庭は、たくさん人を呼んでガーデンパーティーを開けそうな広さがあり、白い花が所々に咲いていた。住民から考えてアスターが世話をしているんだろうか。

 カエデはバスケットの蓋を開け、中の狼達に見せるように花の前を歩いていく。綺麗でしょうと、可愛いでしょうと、優しく語り掛けていた。


「春花も、ほら、狼を花に近付けてみて」


 それはさすがに恥ずかしいと断ったが、ここにはカエデ達しかいないから、ほらと言われ、仕方なく、仕方なく、腕の中の狼に花を見せていった。

 端切れで作られた狼のぬいぐるみ。その目は琥珀色のボタンだ。その目が嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 白い花々を見て回り、ガーデンテーブルとイスが置かれている場所に辿り着く。アスターが持っていたハンカチで軽く吹いていき、私とカエデは座らせてもらった。シャムロックとバスケットはテーブルの上だ。


「あのね、アップルティーが飲みたい」

「ノンカフェインのものをご用意させて頂きます」


 アスターが洋館の中へむかうと、カエデはバスケットを自分の方へ寄せて、どことなく嬉しそうな無表情で中身を眺めていた。私も自分の狼を見ていたが、暇だったのか、シャムロックに話し掛けられる。


「ハルカはやっぱり、狼が好きなんだな」


 この前のことをシャムロックは覚えていたらしいが、はっきり言ってその言葉に返事をしたくなかった。

 魔法使いが狼を好きなど、冗談でも口にしてはいけないこと。何故、シャムロックは私にそれを認めさせようとしてくるのか。

 魔法使いである私は、それを認めてはいけないというのに。

 そんなことは、と否定しようとしたが、その前にカエデが口を開く。


「春花も狼が好きなの?」


 カエデも好き、と続けた。

 そんな馬鹿な、と否定しかけたが、そもそも狼の人形を作ったのはカエデ。好きでなければあんな数、作れないだろう。

 それでも、魔法使いとして言わなければいけないことがある。


「姉さん。姉さんは吸血鬼ですよ。しかもグレンヴィルの吸血鬼。グレンヴィルの吸血鬼と人狼は特に敵対しているはずですよ。出会えば必ず血が流れると聞きます。それなのに、そんな、好きだなんて」

「グレンヴィルとか、人狼とか、そんなことは知らない。カエデは狼が好き。それだけ」


 春花、と私の名前を呼ぶ声には、どこか──赦しがあるように感じられた。私の気のせいであればいいのに。


「好きなら好きって、言っていいよ。ここでなら、いくらでも。狼が好きだって、そんな気持ちを否定しないから、絶対に」


 カエデがさせないよ、と。

 私は……何も言わなかった。何も言えそうになかった。黙って私の狼を眺めることしか、できなかった。

 しばらくしてアスターが戻り、茶の用意をしてくれた。差し出されたカップを口まで運び、喉に流し込めば、仄かな甘みを感じ、少し肩の力が抜けた。

 私以外のものが各々好きに喋り、昼食もアスターがサンドイッチを作って持ってきたからそれを食べた。アスターの血を飲むシャムロック以外がサンドイッチを食べ終わった所で、そろそろ中に戻ろうということになり、茶会は終わる。


「春花。春花が選んだその子、連れていってあげて」


 狼のぬいぐるみをカエデに返そうとする前にそう言われた。魔法使いなら断るべきだ。断るべき、だったけれど、私は頷いて、そのままぬいぐるみと一緒に部屋に戻った。

 狼は机の上にいる。

 ……■■い(この部分だけ、上から塗り潰した)。

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