破り取られた頁
坂道
生首が転がっている状況というのも見慣れたもので、家ではたまにアヴィオール様が畳の上に転がっていることがあった。
私や夏樹がつい蹴飛ばしてしまった、なんて恐ろしい事実はなく、アヴィオール様自ら、畳の上に直接寝転んでみたいと言われ、私や夏樹はその願いを叶えさせてもらっていただけだ。
この洋館を訪れて何日が経っただろうか。
常にクッションの上に置かれるか、誰かの腕の中にいる姿しか見てこなかったシャムロックが、カーペットの上に転がっている場に遭遇する。喉が渇き、キッチンでほうじ茶を飲んだ帰りでのことだった。
先述の件があるので珍しさはなく、クッションの上に戻した後で、生首の意識に問題はないか確認をし、部屋に戻ろうとした。──その際、窓の外にて、アスターとカエデの姿を目撃する。
この家の裏手にはそれなりの大きさの山があり、アスターはカエデを抱き抱えて坂道を登っていた。妊婦を抱えて山登りなど、何かあったらどうするとつい思ってしまったが、問題はそちらではない。
アスターとカエデは、何をしに山へ登っているのか。
シャムロックに訊ねてみたが、気にするなと言い、詳しいことは教えてもらえない。重ねて問うても同じことだろうと、それ以上は何も言わずに、部屋へと戻ってきた。机の上の書籍を退かし、こうして文字を書き進めている。
山に何があるのだろう。温室の時のように侵入を禁止されていないが、シャムロック経由で私が山に関心を持ったと伝われば、侵入禁止を言い渡してくるかもしれない。そうなる前に行動するべきか。
もしかしたら、生首に関する手掛かりがあるかもしれない。
書庫の書籍は勉強になるが、相変わらず生首に関することは何も書かれていない。以前、植園紅葉に渡した灰についての調査結果を、いつ知らされるか分からないが、もしも連絡が来た時に何の追加情報も持っていなければ、心象を悪くしてしまうかもしれない。アヴィオール様を奪われない為にも、マイナスになるようなことはできる限り避けたかった。
山へ行くか。
手掛かりを得られる可能性があるなら求めたい。そう思うくらいには何の進展もないのだ、行動に出なければ。
今すぐ行けばアスターやカエデと鉢合わせてしまうかもしれないから、夕食の後にでも。家族揃っての食事に重きを置いているから、体調に問題がなければいるはずだ。手早く料理を腹に詰め、部屋に戻るフリをして山に行こう。
アヴィオール様からもらった涙の数にもまだ余裕がある。夜道でも足元が分かるような魔法と、アスターの足跡が分かるような魔法を併用して使えば問題はない。ついでに姿を隠す魔法も使わねば。
ただ、余裕があるとはいえ、今夜でかなりの量を使うことになるだろう。近い内に家に帰る必要があるかもしれないが……。
涙、か。
私は、この家の吸血鬼達を監理する立場にある。どこかのタイミングで彼らから涙を徴収する必要があるが、何と切り出せば角が立たないだろうか。
アヴィオール様は求めればすぐにくださった。あの方と同じように、普通に、涙をもらえないかと言えばいいのか。……何となく言いづらさを感じるのは何故だろう。
カエデの異母弟ということで、吸血鬼達とわりと友好的な関係を築けているとは思う。もし、涙を求めることで、その関係にヒビが入ったら……。
吸血鬼を生首にする方法を探るのに、支障が出るかもしれない。
それだけだ。それだけが気掛かりなんだ。他意はない。そうに決まっている。
一応まだ、植園紅葉から涙の回収を命じられてはいないから、今は控えておこう。
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