温室・旅・眠り
アスター・グレンヴィルにとって眠りとは、救いであり罰である。
幸福な夢と罪を責める夢。永遠の命が果てるまで、ずっと視ていくことだろう。
夢の中では、主であるシャムロックに胴体があり、現実と同じく彼に仕え、生首状態になる前と変わらず、世界各地を旅していくのだ。それはとても幸せな夢であり、そこにカエデの姿もあれば、幸せが増していく。夢の中のカエデは、妊娠前の姿。彼女を孕ませた男のことなど、考えたくはなかった。
だいたいはそんな幸せな夢を視るが、時に、辛い夢を視ることもある。
主の消息を掴めず、やみくもに足取りを探し回った日々のことを。そうした末にこの洋館に辿り着き、壊れた温室に足を踏み入れ、そこで自分が犯した罪のことを。鮮明に夢に視るのだ。
植園椿。
カエデを生んだ女であり、夫と吸血鬼に逃げられた後に気が狂い、娘を激しく虐待し、訪れる吸血鬼を生首にしていった──アスターが殺した人間だ。
死ぬべき女だった。カエデにしたことを、シャムロックにしたことを思えば、殺してしかるべきだった。──それでも悔いてしまうのは、カエデの家族を手に掛けてしまったという意識からだ。
あんな女でも、カエデの母親なのだ。娘の知らない所で母親を殺すのは、許されることではないだろう。
カエデはアスターの罪を知っている。知った上で、家族として接してくれている。そのことに堪らないほどの幸福を感じ、それ以上の申し訳なさを覚えていた。
「アスターがいて、シャムロックがいて、こんな時間がずっと続いてくれると嬉しいね」
皆で映画を観ている時に、カエデがそんなことを言った。同感だった。
永遠の命を持つ吸血鬼。誰にも邪魔されることなく、永遠に共にいられたら──。
「アスター」
いつぞや、海に行った時に、カバンの中に隠したシャムロックに言われた。
「また昔みたいに、世界中を回ってみないか。カエデに見せてやりたい景色がたくさんあるんだ」
「……とても素敵なことですね。私も是非そうしたいのですが……」
アスターには、頷けない理由があった。
「もう、いいんじゃないか。──オレの胴体を探すのは」
彼らが暮らす洋館の裏には、植園家所有の山がある。
それなりの広さを誇る山のどこかに、シャムロックの失った胴体が眠っている、かもしれないのだ。
アスターは時間を見つけて探していた。カエデが人間のままなら戻せたかもしれないが、今は吸血鬼。アスターの願いを叶えてくれそうな魔法使いなど他にいないだろう。その術がなくなってしまったとしても、アスターは主の胴体を探すことをやめられなかった。
「諦められないんです。無理なことと分かっていても、探さずにはいられません」
「……アスター」
「許してください、シャムロック様。……許して、ください」
「……」
時は流れ、現在。
カエデの弟である植園春花が現れる。
カエデによく似た、魔法使い。
大切な娘の家族に、重荷を背負わせるわけにはいかないが──つい、期待してしまうのだ。
もしも胴体を見つけられたなら、繋げてはくれないだろうか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます