鶺鴒

 セッキー&レイレイのわくわく遊園地。


 植園紅葉に指定されたのは、そんな場所だった。

 正直、この場所の名前をスマホで見た時、我が目を信じられなかった。何だ、セッキー&レイレイのわくわく遊園地って。

 魔法の存在も知らない一般家庭に生まれていれば、私は今、高校に通っていたはずで、そんな年齢の自分と、五十路の植園紅葉が行って良い場所とは思えないが……。

 行き方を調べ、アスター達には夏樹に会いに行くと伝えて、仕方なくその場所に向かう。

 道中、件の遊園地について調べれば、鶺鴒という鳥をモチーフにしたキャラクターが主役の場所なんだとか。兄のセッキーと妹のレイレイの、男女双子の鶺鴒兄妹。友達は雀のジャンジャンとシマエナガのナガノンらしい。絶対我々が行くような所じゃない。

 帰りたかった。行く前から帰りたかったが、着いてからも帰りたかった。

 植園紅葉は既に入り口の前に立っていた。白髪一つない黒髪の、前髪を後ろに撫で付け、三白眼は鋭く、黒いトレンチコートを身に纏っている。そこまではいつも通りの姿。

 ──カチューシャを着けていた。

 遊園地オリジナルの、多分セッキー&レイレイと思われるキャラクターがくっついた、見るからにふわふわしていそうなカチューシャ。

 近寄りたくなかった。だが、私の到着に気付いた植園紅葉が手を振ってきたので、帰りたい気持ちを圧し殺して近付く。

 カチューシャを渡された。植園紅葉が頭に着けているのと同じものを。


「正装だ。ちゃんと着けろ」


 上司のような立場であり、私達一家の命を握っている者、植園紅葉。そんな男に命じられては断れない。


 恥だ。この歳になって、こんな、恥だ。

 ……殺せ。

 そんな風に思いながら、頭に着けた。


 園内を歩くと、通行人達は露骨に私達から目を逸らす。植園紅葉の風貌のせいか、私の目が死んでいたせいか。

 どのキャストの反応も、私達を前にすると揃って固くなり、台詞を何度も噛んでいた。

 何の罰なのか、私と植園紅葉は無言でアトラクションを回る。

 ジェットコースターに始まり、空飛ぶカーペット、バイキング、回転飛行椅子、フリーフォール、ティーカップと乗っていく。その間、無言であった。

 ようやく会話をしたのは、観覧車に乗り込んだ時だ。


「あの家でのカエデはどうだ?」

「体調が優れないようで、この二日、姿を見ていないです」

「……腹にガキがいるからな。いったい、誰とのガキなんだ」

「アスターではないそうです。本人から違うと言われました」

「本当にそうなのか? お前らはまだ出会って間もねえんだ、本当のことを教えてもらえてねえだけじゃねえか?」


 そう言われると、何も言えない。

 信頼を勝ち取れ。そう私に命じ、植園紅葉は園内の景色を眺めだす。少しも楽しそうではない無表情。

 カエデの腹の子は、誰との子なのか。

 本当に、誰との子なんだろうな。


「……息子さん、という可能性はありませんか?」


 一応、訊ねてみる。

 植園紅葉の息子である桜紫郎と顔を合わせたことを伝えたが、彼の視線は私に向けられることはなく、静かに、冷たさが増していった。


「あの家での調査はお前に任せ、桜紫郎には別の仕事を与えているのに、何やってんだ」

「……今後も、来られた際には追い返すべきでしょうか」

「そうしてくれ」


 ──桜紫郎、か。

 ゆっくりと、息子の名前を口にすると、植園紅葉は深い溜め息を溢した。


「もしもあいつとの子供なら、俺の孫ってことになる。その線で奪い取ることもできるな。あいつらにまともに育てられるとは思えん」


 そうだな、それがいい。

 そんな風に言った後に、植園紅葉は笑みを浮かべた。直視するのが恐ろしくなるほどの、凄惨な笑み。

 私はそっと目を逸らし、懐に入れていたハンカチを取り出す。通常よりも大きなハンカチは、自宅から持ってきた荷物の中から見つけ出した。その中に、温室から回収してきた灰を包んでいたのだ。

 それを彼に差し出すと、奪うように取られた。視線を元に戻すと、既に植園紅葉の顔から笑みは消えていた。


「これは?」

「あの家の使われていない温室にて、回収しました。いくつもの植木鉢が放置されていて、その中に、灰が」

「植木鉢に、灰」

「生首が入りそうな大きさの、植木鉢でした」

「生首はなかったか」

「探しましたが、見つけられませんでした」

「……これはこっちで調べる。お前は引き続き、調査をしろ」


 かしこまりました。

 それっきり会話はなく、観覧車を降りると、真っ直ぐ出口に向かうことになる。

 別れ際に訊ねてみた。


「どうして、この場所を選んだのですか」

「お前が知ることじゃない」


 植園紅葉はそのまま、駐車場の方へと歩いていく。私は駅へ。さすがに送ってもらうわけにはいかない。

 カチューシャをゴミ箱に捨て、電車に乗り込む。疲れた。少し休みたい。その思いで瞼を閉じ、寝てしまい、目覚めた時には終点だった。

 荷物が盗まれることなく無事だったのは不幸中の幸いで、アスター達が待つ植園の家に着いた時には、二十一時近くになっており、少し小言を言われた。


「遅くなる時は、電話して頂けると助かります。お帰りが遅いと心配になりますよ」

「すみません」


 電話番号を知らないと言えば、それは申し訳ないとすまなそうな顔をし、懐から小さな手帳を取り出し、胸ポケットに差していた万年筆を手に取ると、素早く番号を書いて渡してきた。


「次からはこちらにお願いします。吸血鬼の聴力と瞬発力で、すぐに出られますから!」

「……助かります」


 手早く夕食を腹に詰め、シャワーを浴び、これを書き終えたら寝ようと思う。


 疲れた。

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