まわる

 午前十時、もう起きている頃だろうと、スマホで植園紅葉にメッセージを送った。

 手掛かりになりそうなものを拾ったと。

 そうしたら直接会おうということになり、明日の午後、それぞれ昼食を頂いた後に、植園紅葉が指定した場所で落ち合うことになった。

 彼に会うまでに、少しでも情報を集めたかったが、昨夜のことがある。あまり派手に動けそうにないから、食事に呼ばれるまで、手帳の後ろの頁に、ここ数日の出来事を箇条書きに記していく。


◆◆◆


・異母姉、カエデの妊娠を知る

・元植園家での滞在を許される

・腹の子の父親はアスターではない

・温室へ入ることを禁じられる

・植園桜紫郎が訪れる

・植園桜紫郎はアスターに歓迎されていない

・温室の中は荒れ放題だった

・生首の入りそうな植木鉢がいくつもあり、中には灰と思しきものが入っていた

・カエデの不調

・シャムロックとアスターに侵入がバレたかもしれない


◆◆◆


 そこまで書いた所で、アスターが呼びに来たので、ダイニングルームに向かった。


 ツナサンド、ハムサンド、タマゴサンドと、サンドイッチ尽くめの昼食の場に、カエデの姿はない。昨夜シャムロックに伝えられた通りだ。

 顔の大部分、特に左側が髪の毛で隠れている、シャムロックの表情を窺うことは難しい。だが、アスターの顔はよく見えた。

 俯きがちに手首をシャムロックに差し出すその姿は、これまで見てきたどの姿よりも暗く感じる。

 カエデのことが心配なのか。

 それとなく訊ねてみれば、力なく笑いながら、肯定される。


「可能な限り、カエデの傍についていたいのですが、私も色々とやることがありますので……」

「きっと、カエデにもその気持ちは伝わっていると思うぞ」

「ありがとうございます、シャムロック様」


 ふと、気になった。

 アスターは、カエデのことは呼び捨てにしているが、シャムロックには敬称を付けている。

 家族だ、と言っているのに、どういうことなのか。


「アスターさんとシャムロックさんは、どういう関係なんですか。そもそも、姉さんとはどのようにして出会ったんですか」


 父が、カエデとその母である植園椿を捨てた後、アスターとシャムロックはこの没落した植園家にやってきたのだと思うが、何がどうして共に暮らすようになったのか。

 シャムロックが生首になっているのも、植園椿か、彼女の実家の誰かにやられたものと思われる。

 報復に、あるいは元に戻させる為に、来たんだろうか。

 アスターの顔が更に暗くなった気がした。答えさせたくなかったのか、シャムロックが語る。


「オレとアスターは、オレに胴体があった頃から共にいるんだ。その時からアスターはオレの身の回りのことを色々やってくれてな、とても助かっていた」

「……当然のことです。私はシャムロック様の従者なのですから」


 シャムロックが主でアスターが従者なのか。確かに、アスターの姿や立ち回りは、従僕のそれだ。


「ここに来るまでは、世界の各地を回っていた。本来ならオレ達グレンヴィルの吸血鬼は、年がら年中人狼と闘っているべきだが、どうにもオレはその気になれなくてな。たまに同胞から勧誘の手伝いを乞われてやる以外は、アスターと気ままに観光地を回っていた」

「それがどうして、この家に……」

「──アヴィオール・シェフィールドを勧誘する為に」


 アヴィオール様の名前が突然出て、驚きを隠せず、へあっ、なんて間抜けな声が出てしまった。


「……彼は、お前の家にいるのか」

「は、はい。今は弟が守護しています」

「そうか。……シェフィールドの吸血鬼は囲われることを望む。本来なら勧誘など何の意味もないが、うるさい同胞がいてな。一度彼とは面識があるんだ。その縁で、この家に呼ばれて、まあ、ヘマをしてな。オレはこの姿になったわけだ」


 シャムロックの生首化に、アヴィオール様が絡んでいたとは。


「アスターがオレを助けに来て……ツバキ・ウエソノはいなくなった。カエデは一人になり、さすがに放っておけず、共に暮らすようになったんだ。こんなに長くいるつもりはなかったんだが、まあ、色々あってな」


 シャムロックの口から溢れた苦笑いには、若干の疲れを感じた。喋らせ過ぎたのかもしれない。

 話してくれた礼を口にし、サンドイッチの残りを詰めていく。シャムロックもアスターも、静かだった。

 私が最初に食べ終わり、食器を流しへ持って行こうとしたら、そのままでいいとアスターに言われる。それから、


「部屋に戻られますか?」


 と訊ねられ、頷くと、少し黙った後にこう述べた。


「──書庫がありますので、お好きな本を持っていっていいですよ」


 書庫。

 植園家の──没落した魔法使いの家の書庫。

 魔法使いが暮らしていないとはいえ、まだ魔法に関わる書籍も残されているかもしれない。その中に、もし、植園椿の実家に関わるものがあれば……!

 言葉に甘え、真っ直ぐ書庫に向かった。その場で読んでいこうとしたが、そこだと、たまたまやってきたアスターや、しばらくはないかもしれないがカエデに、何の書籍を読んでいるのかと覗かれる可能性がある。

 ひとまず、目についたタイトルを数冊手に取り、部屋に戻ってきた。これを書き終えた後に、さっそく読んでいこうと思う。

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