眠り

 部屋に戻ってきた。

 結論から書かせてもらうと、行くなと言われていた温室に入ることができた。


 吸血鬼達の眠りがいつ訪れるのか、そもそも訪れるのか分からない為、魔法で姿を隠し、音を隠し、気配を隠して、温室へ向かう。庭にあるということしか知らず、探すのに少し時間を要してしまったが、どうにか辿り着けた。

 入るなと言うわりには鍵が掛かっていなかった。そもそも扉が壊れており、中に入るのは容易であった。

 中は広く、確かに荒れ放題。屋根も一部壊れてしまっている。

 足元を気にしながら足を踏み入れていく。足元の地面には草が生え、葉には何か白い砂のようなものが掛かり、割れた植木鉢の破片が散乱していた。

 温室内の右手側には棚があり、そこには植木鉢が並べて置かれている。パッと見、植物が生えている、あるいはいた様子はなさそうで、中身はどうなっているのかと、近寄ってみた。

 土汚れがひどい植木鉢。わりと大振りで──頭部が余裕で入りそうだった。

 中身を確認していくと、どれも白い砂のようなものが、けっこうな量で収まっている。塩か? とも思ったが、ふと、火葬した父のことを思い出す。焼かれた後の、灰を。

 吸血鬼は不老不死だが、稀に死ぬこともあるらしい。死ねば、灰になるのだとか。


 この白い砂は──吸血鬼の灰ではないか?


 抵抗感があったが、背に腹は代えられないと、いくらか掬って服のポケットに突っ込む。長居をするのも危険だからと、温室から部屋へと戻ってきた。

 誰にも見つからなかった。魔法で何もかも隠していたが、吸血鬼達の察知能力がどれほどのものか分からない。もし訊ねられたら何と誤魔化すべきか。

 いやそれよりも、灰だ。この灰を、取り敢えず植園紅葉に渡すべきだろう。灰を発見した場所の説明も合わせて。

 今はないようだったが、あの場所にはもしかしたら──生首があったんじゃないか。

 シャムロックやアヴィオール様と同じ、生首状態の吸血鬼が。

 状況からして、植木鉢の中で保管されていたのかもしれない。かなりの数の植木鉢が放置されていた。未だにあの場に生首達があったとしたら、なんて想像すると、正直身の毛がよだつが、一体くらい残っていたら、きっとかなりの役に立っただろう。


 吸血鬼を生首にする方法。


 どのように探っていくべきか、まだまだ決めかねている。期限は決まっていない。ゆっくり時間を掛けて彼らの、特にカエデの信頼を得ろと植園紅葉から言われている。

 おそらく、カエデなら知っているはずだ。カエデの母、植園椿ツバキが、吸血鬼を生首にする術を編み出した家の出であるから。

 まったく、恐ろしいことを考えたものだ。生首の状態にして生かすなど。

 どこにも逃げる心配はないが、代わりに、何者かに盗まれる心配をしなくてはいけない。生首は盗みやすそうだ。

 夏樹は大丈夫だろうか。きちんとアヴィオール様をお守りしているだろうか。

 あの方を守るべく私達は作られたのだから、きちんと役目を果たしてもらいたいものだ。

 吸血鬼とは守るべき存在であり、仲良くするような者達ではない。夏樹もいい加減に、自分の立場を分かるべきだと


◆◆◆


 書いている最中に、アスターが部屋にやってきた。ノックの音に驚いて、万年筆を手帳に押し付けてしまった。

 ちょっとお話よろしいですかと声を掛けられ、訝しみながら扉を開けると、アスターだけではなかった。片手でシャムロックを抱えていた。


「カエデのことなんだが、少し気分が優れないようでな、しばらく食事は部屋で取らせる。せっかく来てくれたのに悪いな」


 赤ん坊が、それも吸血鬼の赤ん坊がどれくらいの期間母体にいるのか、よく分かっていない。アヴィオール様は男であるし、他の吸血鬼ともこれまで接して来なかった。

 もう臨月なのか、まだ時間はあるのか。

 吸血鬼は基本的に不死身だと聞く。出産で死ぬ、ということは、吸血鬼にも起こるのだろうか。血を失い過ぎると吸血鬼は死ぬと聞いたことがあるから、そういうことも起こるかもしれない。

 そんなことになる前に、生首のことを知れるといいのだが。

 ……書くべきことを、書いておかなければ。


「──温室に入ったか、ハルカ」


 戻ってすぐに魔法で身体も服も綺麗にした。においもこびりついてはいないだろう。

 それでも、隠しきれなかったか。


「どうして、そんなことを訊くのです」


 一応、鎌を掛けられているかもしれないと、そう口にすれば、


「アスターがさっき部屋を訪ねた時はいなかったようだから、まさか行ってないだろうなと。カエデのことも伝えたかったし、ついでに訊ねただけだ。あそこは本当に散らかっていて、怪我をする危険があるからな」

「……お手洗いに行っただけです」


 嘘をついた。

 そうか、とだけ言われた。

 顔の大部分が髪の毛に隠れたシャムロック。露出した右目に感情を探るのは難しい。彼を抱えるアスターは無言だった。無言で私を見ていた。


「絶対に、行かないでくれ」


 分かりましたと言えば、おやすみと返し、そのまま去っていった。

 行く必要があれば行く。

 生首の秘密を探らねばならないのだ。


 やるしかないんだ。

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