父は私達を作るまで、アヴィオール様と旅をしていたと聞く。

 最初は着の身着のままで移動していたようだが、いつの頃からかトランクケースに荷物を詰めて、北から南まで、好きなように旅をしていたのだとか。

 今や押し入れに突っ込まれ、忘れられていたトランクケース。朝食の後にそれを引っ張り出して、アルコールシートで拭いていき、着替えを詰めていると、夏樹に出ていくのかと話し掛けられた。


「役目を忘れてこの家を出ていくなど、私にはできない」

「けど、その荷物」

「任務だ。しばらく留守にする。アヴィオール様のことは頼んだ」

「……帰ってくるよな」


 そう訊ねてくる夏樹の顔は不安そうで、溜め息をつきたくなった。そんなことでどうするのか。


「アヴィオール様の守護と日々の安寧が私の本来の役目であり生きる理由。必ず戻ると誓おう。それまでお前が、アヴィオール様をお守りするんだ」


 私の言葉に、夏樹は返事をしなかった。何故か悲しそうな顔をされたのが気になるが、構ってはいられない。

 出発前にアヴィオール様へ、しばらく不在にする報告と共に、吸血鬼の睡眠事情について訊ねてみた。


「個体による。たっぷり眠る必要が者もいれば、数日眠らなくても平気な者もいる」


 そういうものなのかと思いながら、教えてくれたことへの礼を口にし、トランクケースを持って家を出る。向かう先はもちろん、父の生家である植園の家だ。


「お帰りなさい、ハルカ」


 出迎えてくれたのは、たまたま玄関周りの落ち葉をブロアー(後に名称を訊いておいた。強力な風を出して落ち葉を集める機械だ)で掃除していたアスターだった。

 お帰りなさいとは。ここが私の家だとでも言いたいのか。用が済めば二度と近寄らないというのに。

 もちろんそんなことは口にしなかったし、顔にも出さなかった。笑みを浮かべるのは不得意だが、きちんと口角は上がっていたと思う。

 ただいま戻りました、などと言いながら、中に入ろうとしたが、その時に、私の背後から声が上がった。


 ──ちょっと待てと。


 若い男の声だった。次いで、喧しい足音と共に何かが近付いてきて、肩を乱暴に掴まれる。その勢いのままに振り返ると、今度は私が声を上げそうになった。

 紅葉コウヨウさん。

 植園紅葉。

 私をこの場所へと向かわせ、秘密を探るよう命じてきた男。その男が何故目の前にと、驚きを隠せなかった。

 彼は私に言った。──お前は誰だと。

 よく見てみれば、目の前にいる男は、私の知る植園紅葉よりも若い。植園紅葉は五十半ばくらいの男だが、彼は二十歳そこそこに見える。

 黒々とした髪色も、前髪を後ろに撫で付けた髪型も、植園紅葉に瓜二つ。

 貴方こそ誰だ、と訊ねながら、あることを思い出す。植園紅葉には四人の子供がいる。三人連続で娘が生まれ、最後に生まれた子供は息子なのだと。


「──植園桜紫郎オウシロウ。そこの吸血鬼共の監理を任されている、植園紅葉の息子だ」


 とても機嫌が悪そうに名乗られた。


「お前はどこのどいつだ? このおれを知らないなど、植園の者じゃないな? 時司か? 石渡か? 星影か? それとも、文不相応にも吸血鬼の涙を狙う賊か?」


 何と言えばいいのかと、言葉を発せられなかった。果たして、植園紅葉の息子は、どこまで知っているのか。不用意な発言で自分の立場をまずくしたくない。

 何も言えずにいると、静かにアスターが、私と植園桜紫郎の間に立った。


「こちらの方は、新しい家族です」


 植園桜紫郎はアスターの言葉をすぐに飲み込めなかったようで、家族、家族と何度も呟いた後、こちらを睨み付け、怒気の込められた声で叫んできた。

 以降は、思い出せる限りの会話を記す。


「何が家族だ! どこをどう見てもこいつ、人間だろうが!」

「人間でも家族なのです。カエデの大切な家族であり、私やシャムロック様の家族でもあります」

「カエデの家族ってどういうことだ? ……いや、いい。カエデに直接訊く。カエデに会わせろ」

「本日は体調が悪く、お会いになるのなら日を改めて、約束を取り付けてからお願いいたします」

「父上とおれがずっとお前らの面倒を看てきてやったのに、その態度はなんだ!」

「外に関することは確かに貴方のお父上に頼らせて頂いてますが、今後は彼を頼らせて頂きます。そのようにお父上とは話がついておりますが、お耳に入れてはいないのですか?」

「おれは納得していない!」

「貴方が納得していなくても、当主である貴方のお父上との間でそのように決まったのですから、今後は以前のように気軽に来ないで頂けますか?」

「吸血鬼風情が……!」


 そんなような口論の末に、植園桜紫郎が懐から手早く小瓶を取り出し、中身を呷ろうとしたものだから、いけないと、私はアスターの脇を駆け、そのまま植園桜紫郎を突き飛ばす。

 予期せぬ攻撃に喫驚したか、バランスを崩して彼は尻餅をつき、その際に小瓶が手を離れたのが目に入った為、遠くに向けて蹴り飛ばした。

 そして、アスターからブロアーを引ったくり、先端を植園桜紫郎に向けて、そして名乗った。


「お初にお目にかかります、植園一樹が息子、植園春花にございます」

「植園、一樹?」

「父の意向の元、他家との接触をこれまで控えておりましたが、父が亡くなったのを機に、今後は集まりに積極的に顔を出そうと思いますので、以後お見知りおきを」

「……カエデの父親と、同じ名前」

「同一人物です。姉やその家族がお世話になっているようで」


 植園桜紫郎は目を見開いて私を凝視した。嘘偽りを述べたつもりはないし、そもそもカエデと似ているこの顔を見れば分かるだろうに。


「弟がいるなど、聞いていない」


 そう言われた為、これは言っていいだろうと、返答する。


「私の父が亡くなった後に、貴方の父親である植園紅葉氏から接触がありまして、葬儀なり手続きなり、色々と手伝って頂きました。その上、お仕事を紹介……いえ、私が今まで知らされていなかった、私と血の繋がりがある姉を紹介して頂きました」


 元は植園家の分家の一つにして、今や二体の吸血鬼と一個の吸血生首が暮らす洋館の監理。

 その新たな監理者として、私は任じられた。──とある秘密を探る密命を帯びて。

 断れば、殺される上にアヴィオール様を奪われる所だった。植園紅葉は私と夏樹の命に興味はなかったのだ。私達の顔がカエデに似ているから、首の皮一枚繋がっただけ。

 さて、そんな事情を植園桜紫郎は……知らないのではないか、と思う。


「父上が急におれの任を解いたのは、お前が現れたからなのか?」

「おそらくは」

「……父上は何故、おれにきちんと説明を……いや、いい。つまりお前はおれの後任ということだな。引き継ぎが必要だろう」

「だいたいのことは紅葉氏から聞いてますので、お気持ちだけ」

「遠慮するな、よ」


 その後も、が優しく教えてやるだの、意味の分からない、寒気のするようなことを言われた為、突き付けていたブロアーの電源を入れると、猿みたいな叫び声を上げて逃げてしまった。

 アスターから労いの言葉をもらいながら、前回使わせてもらった部屋に通してもらい、少し横になってから、起きた出来事をこうして書き綴っている。

 植園桜紫郎の言動からして、カエデに対し好意のようなものを抱いているようだったが、果たして、カエデの腹の子と何か関わりがあったりするだろうか。


 愛がなくとも子供は作れる。

 私がその証明だ。

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