だんまり

 朝からかなりの雨が降っていた。

 三体の吸血鬼それぞれから、いつまでも泊まっていてくれて構わないと言われ、言葉に甘えることにした。


 朝も昼も彼らと共に食事を取る。この家では、食事は家族全員揃ってからでないと始めないそうで、この大きな家のどこにいようと、食事の前には必ず、アスターと呼ばれていた男が呼びに来るようだった。

 アスターは家事の全てをやってくれているようで、一つに束ねた長い黒髪を揺らし、忙しなく動いているのをよく見掛ける。

 異母姉であるカエデは、生首のシャムロックと共にリビングルームでテレビを観ていた。映画やドラマの配信が観られるテレビのようで、起きている間はほとんど、テレビの前に置かれたソファーから動いていないようだった。

 朝食の後はカエデやシャムロックに付き合い映画を二本観たが、昼食の後はアスターの傍に行く。彼女らと一緒にゆっくりするよう言われたが、どうしても貴方を手伝いたいと粘れば、洗濯物を手伝うことになった。

 私が滞在するこの家は三階建ての洋風建築で、古くからこの地に建っているらしく、外の壁は色褪せ蔦が這っていた。反対に、いくつもの部屋を有する広々とした屋内は、魔法なのかリフォームしているのか綺麗なもので、壁も床も家具も落ち着いた色合いのものを使われているせいか、居心地の良さを感じる。

 現代の家電が似合わない内装だが、この家の人間はそんなことに構わず、積極的に使っているようだ。


「それではお言葉に甘えて、こちらでアイロンを掛けてもらってもよろしいですか?」


 カゴにこんもりと積まれた洗濯物は、触れてみると暖かかった。乾燥機から出したばかりだったから。

 ランドリールームと言ったら良いのか。一階の角にあり、扉を開ければ庭に続く。ここにはアイロン台や、裁縫セットが用意された丸テーブル、それからドラム式洗濯乾燥機が置かれていた。

 動画配信が観られる大きな薄型テレビがあるくらいなんだ、ドラム式洗濯乾燥機もあるんだろう。

 彼に近付く為に手伝いを申し出たが、洗濯は普段魔法で済ませているから、アイロンなんて、小学生の時に授業で一度や二度触れたくらいだ。

 うろ覚えの知識でやって焦がしては面倒だと、使い方を教えてもらう。一度やってもらえばできそうで、その後は焦がすことなくアイロンを掛けられた。


「上手いですね! 助かります」


 いやそんなことはと謙遜し、しばらくは静かにアイロンを掛けた。アスターは私がアイロンを掛けた洗濯物を、裁縫セットを退かして、テーブルで畳んでいた。

 頃合いを見て、訊ねてみる。


「──姉さんのお腹のことなんですけど」


 息を飲む音を、確かに耳にした。


「いますよね、その、赤ん坊」

「……はい」


 少し困っているような声だった。


「病院には行っているんですか?」

「吸血鬼の妊娠や出産について、知識がある医師に通いで来てもらっています。物腰柔らかなご婦人に診てもらってまして、カエデに色々と良くして頂いてます。気のせいか、私には少々手厳しいような気もいたしますが」

「……それは」


 私が何を言いたいのかは分かっていたようで、先に言われた。


「──父親は私ではありません」


 アイロンを置いてアスターを見れば、彼もまた手を止めていた。瞼を閉じ、苦笑いを顔に浮かべていた。


「カエデの傍にいる男だから、そう思われることはあるでしょう。私は、烏滸がましいですが、カエデを家族だと思っています。大切な、家族です。そんな簡単に手を出そうだなんて、思えませんよ」


 一応、本当に一応だが、生首のシャムロックでもないらしい。冗談のような口調で言われた。


「なら、父親は……」

「……」


 だんまりだった。

 アスターさん、と呼び掛けても答えてくれず、再び名を口にしようとすれば、アイロンを掛けてもらっても? と言われる。

 その件に関しては語ることはないとばかりに、アスターは洗濯物を畳んでいく。しつこく訊ねても良いことはないだろう。諦めてアイロン掛けを再開した。

 全てが終わった後は、アスターは私に手伝いの礼を口にして、他の家事をしに行ってしまった。私は昨夜使わせてもらった部屋に戻り、こうして手帳を書いている。


 カエデの赤ん坊の父親。


 元から吸血鬼だろうと、人間から吸血鬼になろうと、吸血鬼と人間で作ろうと、生まれてくるのは吸血鬼の赤ん坊だと聞いている。

 吸血鬼は、吸血鬼の流す涙を口にしても、魔法は使えない。カエデの子供は魔法使いにはなれないはずだ。

 だから子供のことは気にしなくていいはずで、父親のことも本来なら探らなくて良いのだが、私の上司、と言うべきか、彼は相手のことが気になるらしい。


 カエデの元婚約者だったからな。

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