18
これは私が体験した、本当にあったお話です。
うちのお婆ちゃんは拝み屋といって、生まれつき霊感が強くて、ときどき近所の人に頼まれて、そっち方面の困りごとの相談に乗ったりしてたらしいんですけど。
私は平成生まれなんで、そういうのはちょっと分からないんですが、でも一回だけ、そのお婆ちゃんの手伝いをしたことがあって、そのときに、ちょっと不思議というか怖い体験をしたんで、その話をします。
ただ、この話、その相談してきた家の人に話していいか聞いてないんで、あんまり詳しいこと言えないんですが、その人の相談ていうのは、ざっくり言うと「少し前から屋根裏を何かがタッタッタッタッ、と走る音がするんで、怖いんで見てもらえませんか」ていう感じで。
お婆ちゃんは霊感は強いらしいけど足腰は弱いんで、「私の代わりに屋根裏の様子を見てきてくれないか」って頼まれて、私は普通に嫌だったんですけど、「アルバイト代を出すから」って言うんで、まあそれならということで、押し入れの天袋から屋根裏に上がってみることになったんですね。
私はそれ、どうせイタチとかハクビシンとか、そういうのが入り込んでるんじゃないの、と思ってて、天袋の板をどけて上に上がってみたら、やっぱりホコリの上に足跡がいっぱいついてて。
ほら、やっぱり動物じゃん、と思ったんですが、なんかその足跡に違和感があって、「あれ、これって動物の足跡じゃないよな。なんの足跡だ?」と思ってたら、急に、指にすごい痛みがあったんです。
それで「痛っ!」と思って慌てて手を引っ込めたら、その拍子に何かがぶつかった感触があって。
うわっ、何かに噛まれた、と思ってその何かを目で追ったら、それが柱の陰にスッ、と隠れたんですね。
私はとにかくそいつの正体が知りたくて、そいつが柱の裏から出てくるのをじっと待ってたんですが、一分経っても二分経ってもぜんぜん出てこなくて。
柱とかをバンバン叩いたりしても全く反応しないんで、もうこっちから行ってやろうと思って、ぐっと体を奥にねじ込んだら、その柱の影に、市松人形が落ちてたんです。
それで私、「ぎゃーっ」て悲鳴を上げてしまったんですが、いや、ちょっと待てと。
いま確かに何かがこの柱の裏に隠れたのを、私ははっきり見たし、逆にここから出ていったものも間違いなくいない。
でも、じゃあそれだったら、さっき私の指を噛んで柱の裏に走って行ったのは、この市松人形っていうことになるじゃないですか。
それで私、おそるおそるその人形を拾ってみたんですが、それがすごい不気味な顔で。
黒目がちな目でにやりと笑って、歯をむき出して笑ってて。
実は市松人形って歯のあるタイプのがあるんですけど、その時は私、そんなことは知らなかったから、「市松人形が笑った!」と思ってめちゃくちゃビビって、慌てて近くにあったゴミ袋に押し込んで。
とにかくそれ以上、その人形と一緒に屋根裏にいるのは無理だったんで、一回下に降りようと思って押し入れから出たら、そこの家の人に「うわ、どうしたのそれ、血出てるよ」って言われて。見たら白い軍手の、その噛まれたか何かした指のところが、血で真っ赤になってるんです。
でも、まさか「いや、人形に噛まれちゃって」とは言えないし、「ちょっと怪我したみたいです」て言って、消毒しようと思って軍手を取ったら、そこに一センチくらいの小さな歯型がついてて、その傷がまた深いんですよね。
で、お婆ちゃんのところに戻って、人形の入ってるビニール袋を渡して「これこれこういうことがあったんだけど」って言ったら、お婆ちゃん、その人形を袋から出してからじっと見て、別にびっくりするでもなく、「ああ、なるほどねえ」って言って。
私はこれ、いったいどう報告する気なんだろう、まさか市松人形が走り回ってましたよとは言わないよな、なんて考えてたら、お婆ちゃんが私にメモを書いて渡してきて、「悪いけど百均でも行って、これ買ってきてくれない?」って言われて、まあ私はとにかくこの場から離れたかったんで、とりあえず頼まれた買い物をしに行ったんですね。
それで、頼まれた買い物を終えて戻ってきたら、もうお婆ちゃんとその家の人との間では詳しい説明みたいなのは終わってたみたいで。
「ああ、待ってたよ」って言われて、買ってきたものを渡したんですが、その買ってきたものって言うのが、子供用のお茶碗とお箸なんですね。
で、私が「こんなの買ってきてどうするの?」って聞いたら、お婆ちゃん、その人形の前に小さな台を置いて、その上にご飯を入れたお茶碗とお箸を並べてから、人形に向かって「どうぞ、おあがりなさい」って言って。
それで、自分もいっしょにご飯を食べてるような動きをしてから「ああ、美味しかったね。ごちそうさま」って言って手を合わせてから、お婆ちゃん、私の方を振り返って「はい、終わりました。ご苦労さま」って言ったんです。
私は何が何だか分からなくて、帰ってからお婆ちゃんに「あれはどういうことなの」って聞いたら、「道具というのはね、使うためにあるから。使われない道具は、たまにああいう悪いことになる」とか、よく分からないことを言うんで、もうちょっと具体的に教えてよって言ったら、「あのお人形さん、歯が生えてたでしょ」って言われて。
お婆ちゃんが言うには、人形の歯っていうのは、本当は、おままごとをして、ものを食べるためにあるらしくて。
でも、言ったら悪いけど、歯のあるお人形さんは見た目が怖いし、今にも噛みついてきそうな気がする。これは人形の持ち主以外なら、悪気なくそう思ってしまっても仕方ない。そうすると人形は、その気持ちを感じ取って、自分の歯は人を噛むためにあると思うようになる、って。
だからお婆ちゃんはあの人形に、自分の歯が何のためにあるのかを思い出させることが必要だった、って、そう言うんですね。
私は思ったより深い答えが返ってきてビビってたんですが、でも同時に、あー、こういうのが拝み屋の仕事なのかな、とも思って、ちょっと感動したりして。
ちなみにその人形は、今はその相談してきた人の家で、大事に飾ってあるそうです。
お聞きいただき、ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます