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これは私が体験した、本当にあったお話です。
私の仕事は地方への出張が多くて、よくビジネスホテルを利用するんですが、そこで一度だけ、すごく怖い体験をしたことがあるんです。
その日は現場が少し遠くて、仕事が終わってホテルに着いた頃には、もう夜の十時を回っていて。私はかなり疲れてたんで、本当はすぐにでもベッドに入りたかったんですけど、やっぱり汗をかいたまま寝るのは嫌なんで、シャワーだけでも浴びようと思ったんですね。
それでユニットバスに入ってバタンとドアを閉めたら、急に首筋がぞわっとして、その瞬間、わけのわからない恐怖心みたいなもので、心の中がいっぱいになったんです。
その時の状態っていうのは、なんていうか頭の中が「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」って、本当にそれしか考えられない状態で。
私は「いや、え、これ何?」と思って、びっくりしてその場にぺたっと座り込んで、そのまま動けなくなってしまったんですね。
ちなみに私、その時は幽霊とか一切信じてなかったし、旅館とかホテルとかに泊まる時に「ここ、もしかして幽霊が出るかも」なんて思ったこと、人生で一回もないんですよね。
だからこの時もまだ、「最近仕事きつかったし、ちょっとメンタルやられたかな」くらいに考えてて、しばらく待てば落ち着くと思ってその場でじっとしてたんですけど、でも、それがぜんぜん収まってくれなくて。
心の中では、ずーっと「怖い怖い怖い怖い……」っていうのが止まらないし、心臓はバクバクするし、立ち上がれないし、変な汗も出てくるし。
普通、人間が怖いって感じる時っていうのは、当たり前ですけど、怖いと感じる対象があるからこそ、そう感じるわけじゃないですか。
でもこの時の私は、その怖いと感じる対象がないのに、怖いっていう感情だけが謎に暴走してる、いわば脳がバグったみたいな状態で。
しかもそれがいつまで経ってもぜんぜん収まる気配がないし、だんだん本当にヤバいような気がしてきて、「こうなったらもう、救急車を呼ぶしかないぞ」と思って。
それでとにかくスマホを取るためにユニットバスから出ようとしたんですが、その瞬間、ユニットバスの扉の向こうから、ギィーって、金属製の、重いドアが開くような音が聞こえたんです。
もちろん、ビジネスホテルのドアはオートロックなんで、外から開けられないのは分かってるんです。それに入ってくるときに、ちゃんと内鍵を閉めた覚えもあったし。
でも、その時のそれはそういうことじゃなくて、感覚で、というか、本能的にというか、とにかく理屈では説明できないんですけど、嫌な気配のする何かが部屋に入ってきたっていうのが、不思議ですけどはっきり感じられたんです。
それで私、気がついたら無意識のうちに手を、爪が手のひらに刺さるくらい強く握ってて。体もガタガタ震えて、涙まで出てきて。そこで初めて分かったんですよ。
ああ、自分がさっきから怖い怖いって思ってたのって、これだったんだ、って。
私はその「部屋に入ってきた何か」に絶対に気付かれたらダメだ、と思って、膝を抱えるみたいに体を丸くして、とにかく必死で「どこかへ行ってくださいお願いします、どこかへ行ってくださいお願いします」って、心の中で念じ続けて。
それからどれくらい経ったのか、気がついたら私、ユニットバスの床で寝てたんです。
いや、寝てたというか、たぶん気を失ったんだと思うんですけど、とにかく知らないうちに意識を失ってたみたいなんですね。
目が覚めると、さっきまでの怖い感覚っていうのはなくなってて、「もしかして夢だったのかな」と思って起き上がろうとしたんですが、体がうまく動かなくて。
それでもずっと床で寝てるわけにも行かないですから、がんばってユニットバスから出て、それで部屋の中を一通り確認したんですけど、まあ普通に、異常とかはないんですよね。
誰かが侵入したような形跡もないし、荷物もそのままで。入口のドアはちゃんとロックされていて、内鍵も掛かってるんです。
それでいろいろ確認してるうちに、なんか急に、さっきまであんなに怖がってたのが馬鹿みたいに思えてきて、ああ、やっぱり疲れてたから変な夢を見ちゃっただけなんだろうな、と。
そういうことで一応、自分の中では決着がついたんですけど、でも、実は一つだけ、部屋を確認して回ってたときに「あれっ?」と思ったことがあって。
それが何かっていうと、あの、ベッドボードっていうんですかね、ベッドの頭側にある台みたいなやつ。
私、荷物を置いたときにその上でスマホを充電してたんですけど、それがなぜか起動状態になってるんです。
で、「あれ、おかしいな。充電前に確かにスリープにしたよな」なんて思いながらスマホを手に取ろうとしたら、ディスプレイに、なんか見慣れない画面が表示されてるんですね。
その画面っていうのは、レイアウト的にはブラウザアプリみたいなんですけど、あんまり馴染みがないというか、見覚えのない画面で。
それで「あれ、なんだこれ」って思いながら、何気なく画面をスクロールしてみたら、なんか、そこに表示されてる検索結果っていうのが、ぜんぶ自殺関連なんですよ。
たとえば「自殺は苦しいのか」とか、「楽に自殺できる方法」とか、「一人で確実に死ぬ方法」とか。そういう感じの気持ち悪いサイトばっかりが、ずらっと並んでて。
しかも、それだけでも十分気持ち悪いのに、もっと気持ち悪いのが画面上部の検索ボックスで、そこに入力されてた検索ワードっていうのが、ぜんぶ英語とか数字とか記号ばっかりの、なんかよく分からない、めちゃくちゃ長い謎の文字列だったんです。
当然ですけど、自分はそんな意味不明な文字列で検索した覚えはないし、たとえば百歩譲って、寝ぼけてデタラメに入力してしまったとか、うっかりディスプレイを表示したままスマホをポケットに入れてたとか、そういう理由があったとしても、充電ケーブルを挿すときに、絶対にそれに気付くと思うんですよね。
というか、そもそもよく考えたら、「単語ですらないめちゃくちゃな文字列を検索ボックスに入力したところで、まともに検索ってできるのか?」っていう話で。
そういうことを考えてたら、だんだん本気で気持ち悪くなってきて。
私はその検索画面を消すだけじゃなくてアプリごと終了してしまおうと思って、画面をスワイプして、起動してるアプリの一覧を出したんですけど、そこで初めて、その見慣れないブラウザアプリの正体が分かったんです。
そのアプリ、SafariっていうiPhoneに初期設定で入ってるやつだったんですよ。
それで「あー、どうりで見慣れないわけだ」と。
というのが、私はSafariって個人的にはあんまり使い勝手が良く思えなくて、普段はGoogle Chromeを使ってるんですね。
だからそのSafariについては、たとえば他のアプリを使ってて勝手に別窓が開いた時くらいしか使わないし、そもそもChromeを入れたときに入れ替わりでSafariのアイコンは消してたんで、誤作動とか偶然で開いたっていうのは、ほぼあり得ないんですよね。
あと、それからだいぶ後になってですけど、あの何とかっていう事故物件ばっかり載ってるサイトあるじゃないですか。
あれのことを急に思い出して、それでそのホテルのことを調べてみたんですけど、やっぱりというか、そこのホテルで死体が発見されたっていう書き込みがあって。
その部屋は私が泊まった部屋ではなかったんですけど、まあ、とにかくそれで色々と腑に落ちたような気がして。
それ以来、私は幽霊というか、なにか説明できないものっていうのも、信じるというのとはちょっと違うんですけど、まあ実際にあるのかもなって、そう思うようになりましたね。
お聞きいただき、ありがとうございました。
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