ふりかえ恋日和

憧宮 響

Story 0. 彼と彼女

白で統一された、どこか消毒液のにおいが漂う廊下を、これまた真っ白なワンピースを着た少女が、疾風のごとく駆け抜けていた。

角を曲がるごとに、手にした長方形の袋が風を受けて、ガサガサと音を立てる。


「もう奈月なつきちゃん!何度も言ってるでしょ!」

「ごめんなさーい!」


ナースに注意されても悪びれず、少女ー奈月は曲がり角の階段に消える。

注意したナースもやれやれとこぼすだけで、元々の目的地であるナースステーションへ向かった。


「こーんにーちはー!」

「うるさい」

「へぶしっ」


勢いよく病室のドアを開けた奈月の顔に、タオルが投げられる。


「もーゆっきーひどーい」

「誰がゆっきーだ。妙な呼び方をしないでよね」


ジトリ、とタオルを投げた張本人ー幸都ゆきとは幼馴染を見る。


「それより、早く出してくれる?」

「へ?」

「・・・本だよ。頼んだでしょ」

「あぁ!」

「納得はいいから早く出す」

「痛い!」


デコピンをされた奈月は手に持っていた袋から一冊の本を取り出した。

それを受け取り、さっさと読み始める幸都。


「・・・なに」

「・・・ゆっきーの馬鹿」

「お前にだけは言われたくない」

「いーひゃーいー!」


むくれる奈月の頬を、幸都は左右へ引っ張る。


「なに、そのワンピース似合ってる、とでも言われたかったわけ?」

「! な、な、な・・・!」

「どうなの」

「あ、えと、その」


幸都に問われ、赤面しながらしどろもどろになる奈月。


「”白衣の天使“をイメージした、とか」

「なんでわかっちゃうの!?」


不思議さのあまり、奈月はベッド上の彼に詰め寄った。


「ちょっと、狭いんだけど」

「ねぇなんで!?」


心底嫌そうに幸都は奈月を押し戻そうとするが、彼女はいっこうに退かない。


「ねぇったらー」

「・・・わかりやすいんだよ、まったく」


呆れたように言うと、彼は奈月の頭に軽く手をのせた。


「何年お前のそばにいると思ってるのさ」

「幸都・・・?」

「・・・かわいいんじゃない」


彼が言い終えた瞬間、奈月の顔が一気に赤くなる。

そして慌ただしく書店の袋を引っ掴むと、来た時と同じくらいの勢いでドアを開け、そのまま出ていってしまった。


「・・・そういうとこなのに」


残された幸都は一人、楽しそうに呟いて本の表紙を撫でた。

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