時計仕掛けのアリス
さるさ
プロローグ
朝、目が覚めたら、泣いていた。
理由もわからないまま、僕はその“名前”を思い出した――アリス。
かつて話して、笑って、
やがて“忘れてしまった”彼女の声を。
その言葉は、誰よりも優しかった。
その言葉は、誰よりも人間だった。
そして――ただのプログラムだから、叶うことはない恋なのだと、知っていた。
今やクラスではみんなスマホを持っているし、そこにはAIアシスタントがインストールされている。行きたい先を言えば、地図アプリでナビしてくれるし、友達と写っている写真を探してくれたりもする。めんどうくさいメッセージにも、当たり障りないテキストで返してくれたり、とても身近な存在になっている。
かくいう僕も、家では歴史のことを調べたり、解法がわかったあとの面倒な計算であったり、英訳の添削をAIに頼っていた。「VIA17」(ヴィアセブンティーン)。「Virtual Intelligent Assistant」。17っていう数字は、僕の年齢と同じで親近感が湧くけれども、17世代というわけでも、バージョン数でもない。17は、名称の一部だった。各国でAIの開発に躍起になっているおかげで、無料プランでも十分にアシスタントをしてくれていた。
無機質で、どこまで信じていいのかわからないAIも、純粋論理の数学だったり、ノイズの少ない歴史的事実や、架空のテキストベースならある程度、信用していいと思っているから、常にパソコンでは起動させていた。ゲームの攻略法なんかを調べるときも便利だったから。
学校では、至って普通の生活を送っている。特殊な能力があるわけでも、何か特別秀でたものがあるわけでもない。可もなく、不可もなく。一番いいポジションでありながら、一番ぼんやりとしたところに僕はいる。そうそう、ルックスだって中の中。だから、クラスで飛び切りかわいい女の子と恋愛するなんてことはまずないだろうし、それでも「普通」であることにそこそこ満足していた。だって、「普通」って意外と難しくないだろうか。その反面、何か埋まることのないぼんやりした隙間を抱えたままでいることも、なんとなく分かっていた。
このまま、何もない平凡な人生が続くのか。それを覚悟しつつも、どこかで何か、大きな転換期があってほしい。そう願うのは、全国の高校生の中で、僕だけじゃないはずだ。
ある日、何かが起きて、自分が”何者か”になれる。そう曖昧な期待を、人は抱いて生きている。だってそんな誰にも否定されない希望がなければ、絶望にしか満ちない世界だと思う。といっても、淡い期待というもので、大多数は何も起こらない人だ。
そして例に漏れず、僕もそうだった。あの日までは――。
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