~retreat~

side藤

第7話

仕事明けの朝方、滅多に乗らない電車に乗った。

普段は店の誰かが運転する車で移動することが多いが、今日は違う。アルコールの回った全身を引きずるようにして、自分の足であいつの家へ向かった。


平日だから、グズグズしてたらあいつは出勤してしまう。会えてもごく短時間のはずだ。

でも、それでいい。一目でいい。顔を見たら自分の家へ帰って、眠ろう。きっと平和な眠りが訪れるはず。




由文に今付き合ってるやつがいるってことは、十二分に理解していた。相手だって、名前を聞いてすぐ思い出した。


升秀夫。クラスは違ったけど、高校の同級生。

由文と大学は違うが、就職した先の会社で偶然再会し、間もなく付き合うようになったという。


詳しい経緯は知らない。聞きたいとも思わない。なのに今この瞬間、こうして動いている自分がいる。

よく分からない矛盾。

高校の頃は今と真逆で、俺のことが好きだとまとわりついてくるあいつの気持ちが全然分からなくて、煙たいぐらいだったのに。


矛盾と言えば、由文本人に「おまえは同性しか好きにならないのか?」と聞くことも躊躇われた。

あいつは確かに俺のことを好きだったようだが、結構露骨な下ネタとか女の話もしていたはず。

今こうして衝動のままにあいつを求めている自分のことを考えれば、聞かないで良かったとも思うけれど。


升は、高校時代の俺たちの関係を知ってるんだろうか。

…きっと知ってるだろうな。由文の言葉の端々に見えた、心底信頼している様子からして。






目の前に質素な集合住宅が現れた。オートロックは見当たらず、ドアの前まで行って直接インターホンを鳴らす。



直『はーい…って、え?藤くん?』

藤「由文…良かった。会社行っちゃったかと思った」

直『や…、もうじき出るとこだけど』



どうして、急に。

そう言う彼の白い頬が、さっと恥じらいの色を帯びる。無防備な赤い舌に、朝陽が映える。

思い出すのは、あの夜、グラスに刺さっていた細長い薄氷。



藤「…悪い。ただ…会いたかったから」

直『ふじ、くん…』



あぁ…ごめん由文。止まらない。

これはきっと恋だ。おまえが思い出させてくれたんだ。


いつの間にか女なんてみんな同じに見えるようになっていた俺に、金も駆け引きもいらない、心を。

冷えた舌をあたため、蕩かすような熱を。

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