侯爵様には好きな人がいるそうです

星雷はやと@書籍化作業中

第1話 侯爵様には好きな人がいるそうです


「最近の学園生活は如何ですか? アイラ嬢」

「はい、最近は試験に向けて勉学に勤しんでおります」


 美しい庭園。温かな風が吹く侯爵邸のガゼボ。そこで私は婚約者であるスティーブン様とお茶を共にしている。温かく香りの良い紅茶も、パティシエが工夫を凝らしたケーキも味がしない。お茶会と言えば聞こえが良いが、これは単なる定例会だからだ。私は男爵令嬢であり、婚約者であるスティーブン様は侯爵令息だ。本来ならば身分違いである。

 しかし侯爵家からの要望で、この婚約が成立しているのだ。その理由はわかないが、検討はついている。それはスティーブン様が容姿端麗・文武両道であり、騎士団の部隊長を努め侯爵家という身分であるからだ。彼に婚約者が居なければ、縁談やお見合いが山のように来るだろう。


 つまり私は面倒な縁談などからの風除けということだ。


 スティーブン様ならば相手は選びたい放題である。それなのに爵位が一番低い男爵令嬢を正式な婚約者に選ぶなど有り得ない。もうすぐ卒業するとはいえ、私は学生である。年齢は3つしか変わらないというのに、私は酷く自分が子ども扱いされているのだ。その証拠に手を繋いだことも、デートもしたこともないのだ。

 私の役割は正式な妻となるべき女性を迎えるまで、『風除け役』に徹すればいいのだ。


「……失礼。少し席を外します」

「はい、お気になさらないでくださいませ」


 当たり障りのない会話をしていると、侯爵家の執事がスティーブン様に耳打ちをした。すると離席することを告げ、席を立つ。きっと急ぎの用件だろう。もしかすると騎士団関係の連絡かもしれない。私は大人しく了承する旨を伝える。


「……はぁ」


 彼の背中が見えなくなってから、こっそりと私は溜め息を吐いた。


 スティーブン様は物腰が柔らかく、気遣ってくれているが『風除け役』は荷が重いのだ。いっそのこと冷遇された方が良い。


「……あれ? 何かしら?」


 不意に庭に光る物を見つけた。それはスティーブン様が歩いて行った方向である。彼が何か落としたのだろうか。確かめるべく、私は椅子から立ち上がった。


「ペンダント?」


 芝生の上に落ちていたのは、金のペンダントだった。


 これには見覚えがある。以前、スティーブン様が愛おしそうに眺めているのを見てしまったのだ。彼には心から慕う相手が居ると分かってしまった。このペンダントを開ければ、スティーブン様の慕う相手が分かる。だが、それは憚られるのだ。単なる『風除け役』である私には、彼の想い人を知る権利はない。


「アイラ嬢?」

「……っ、スティーブン様」


 背後から声をかけられ振り向く、するとスティーブン様が不思議そうな顔をして立っていた。用事が早めに終わったようだ。


「っ! その、ペンダントの中を見ましたか?」

「……いいえ。スティーブン様の大切な品でしたのね。お返し致しますわ」


 スティーブン様は私が持っているペンダントを見ると、目を見開いた。仮にも婚約者である私に、本当の想い人が居るということを知られるのは不都合なのだろう。私はハンカチに乗せたペンダントをスティーブン様へと差し出した。それと同時に私の決意は固まる。


「スティーブン様。私との婚約を解消してくださいませ」


 ずっと考えていたことを告げた。


「……っ!? 何故ですか?」

「本当に慕う、お方がいらっしゃるのでしょう? ならば私などとは婚約解消をし、その方とご結婚なさるべきです。私のことはどうぞお気になさらず。お見合いをすればいいだけですから」


 私の提案に狼狽するスティーブン様。何時も落ち着いている彼の表情が変わるのが、見ることが出来たことに喜びを感じる。本来ならば、男爵家が侯爵家に婚約解消を申し入れるなど有り得ないことだ。しかしスティーブン様に本当に愛する人がいるならば話は別である。


 私は婚約解消をした後は選ばなければ結婚相手は居るのだ。スティーブン様と『風除け役』でも一時、婚約者で居られたことを思い出に生きていくことが出来る。


「そんなの駄目だ! 君が僕以外の男と結婚するなんて、絶対に許さない!」

「……え? ス、スティーブン様?」


 何故か私はスティーブン様に抱き締められた。急な抱擁に、私は彼の腕の中で固まる。声が少し裏返ってしまったのは仕方がない。何時も冷静な彼の一人称や口調も乱れている。こんなスティーブン様は初めて見る。戸惑いながら彼の名前を呼んだ。


「僕が愛しているのは君だよ。アイラ嬢」

「……なっ……ですが……」


 真剣な表情のスティーブン様に息が詰まる。至近距離で告げられる声に動揺が隠せない。


「信じられないなら、そのペンダントを開けてご覧?」

「……あ……なんで……」


 腕を緩めるとスティーブン様に促され、手の中にあるペンダントを開けた。するとそこには私の絵があった。


「驚かせてごめんよ。アイラ嬢は覚えていないみたいだけど、小さい頃にこの庭で出会っている。僕の一目惚れだ」

「そ、そう……ですか……」

「君が卒業するまでは秘密にしようと思っていた。でもそれが君に誤解をさせてしまった。婚約解消は撤回してくれるよね?」

「はい、私が勝手に勘違いをしましたので……」


 申し訳なさそうなスティーブン様に私は居たたまれなくなる。まさか彼が私のことを好いて、ペンダントにして眺めているなど予想外だ。


「卒業したら遠慮なく、僕がどれだけ君を愛しているか行動で示すよ」

「お……お手柔らかにお願いします」


 優しく微笑むスティーブン様に私の頬が赤くなる。


 その後、卒業パーティーにてエスコートをされ。溺愛される新婚生活が待ち受けているなど、この時の私には予想もつかなかった。

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