壊れているのは俺だったのか?
アスティア
短編
普段の放課後、普段の帰り道。
俺の数十m先を、一組のカップルが仲良さげに、腕を組んで歩いているのが見える。
これだけ遠くにいるのに、誰なのかがわかるほどの圧倒的存在感。あれは我が甲乙高校が誇る女神、
学業優秀、容姿端麗、加えて明るく嫌味のない朗らかな性格から、男女問わず人気は高い。噂では玉砕覚悟で告白した男子の数は三桁を越えるとか。
誰の手も届かない高嶺の花と思われていた白川さんだったが……そうか、彼氏いたのか。まあ当然と言えば当然か。
相手の男も制服からして同じ高校のようだが、詳しくは知らない。まあ女神が選ぶ程の奴だ。さぞかしイケメンなんだろうな。
確かに俺も、憧れ的なものはあったかも知れない。だがその存在も、彼氏がいたこと自体も遠い世界の話のように感じられ、まあそんなものだよなと、別に傷つくこともなかった。
「やっほーゆーいちー!」
そんな物思いに耽っていると、唐突な掛け声と共に、俺の背中がバシン!と叩かれる。俺にこんなことをしてくる奴は一人しかいない。
「相変わらず辛気臭い歩き方してるねー。もっとシャンと出来ないの?」
「うるせーぞ真白。いちいち叩くな」
コイツは
「ボンヤリと遠くを見つめてたみたいだけど、何を見てたのかなーって……おやおや〜?」
「ん?何かあったか」
「あそこ歩いてるの、白川さんだよね?そっかそっか、言えないまま終わってしまった恋を眺めてたんだ」
「何故そうなるんだよ」
見ていたのは事実だが、別に秘めた想いがあったわけではない。けどマズいな……真白の奴、絶好のイジるネタを見つけたと言わんばかりの表情だ。
「気持ちはわかるけどね。でも、いつまでも落ち込んでないで、前向きになればきっといい人が見つかるよ」
「だから別になんとも思ってないって」
「いいからいいから。失恋で傷ついたカワイソーな悠一は、私が慰めてあげるから」
……駄目だこりゃ。真白の脳内で、俺はすっかり傷心ボーイになってしまってる。何か言い返したところで、ムキになってると思われるだけだろう。
「余計なお世話だよ」
「そうやって可愛い幼馴染を邪険にしてると、失った時に後悔するんだから」
「彼氏の一人でも作ってから言うんだな」
そう言った途端、真白の表情が自慢げ、というかドヤ顔になる。おいおいまさか……
「へへーんだ。モテない悠一と違って、私はちゃんと告白されたもんね」
「おお、そうなのか?相手は誰なんだ?」
「ふっふっふ、気になる?気になるよねぇ?」
「もったいぶってんなぁ。それほどのイケメンなのか」
「まあねー。隣のクラスの小山君、知ってる?」
小山君か……ちょっとお調子者のところがあるけど、確かにいい奴だよな。変に浮いた話も聞かないし……そうか、あいつ真白のことが好きだったのか。
「小山君、割と人気あるし迷っちゃうな〜どうしようかな〜」
「なーに浮かれてんだよ」
「悠一……ヤキモチ、妬いてくれてるの?」
まあ気持ちはわからなくもない。俺だって可愛い子から告白されれば、脳内お花畑なハッピー野郎になるだろうし。
———————————————
……あれ、なんだ?今、何か……え?
「ねえ悠一、聞いてるの?」
「ん?ああ……」
なんだろうこの感覚、何か妙だ。
「それで……どう思う?」
「ちょっと待って。今日って……風、吹いてるよな?」
「はぁ?何を言ってるのよ。私の話、ちゃんと聞いてる?」
風の感触は……あるよな。なのに何故だ?何かすごく遠くに感じる。風の匂いも街の喧騒も、まるでTVのモニター越しのように思える。
「悠一ってば!ちゃんと答えてよ!」
「え?ええと、何の話だっけ」
「私が、小山君と付き合ってもいいの?って聞いてるの!」
「それはまあ……俺じゃなくて真白が決めることだろ?それよりさ、今日は何かこう、周りの感じがおかしくないか?」
真白は気付いていないのだろうか。もしかして俺だけがこの妙な感覚に陥ってるのか?
「おかしいのは悠一の方でしょ!なによその目は……そんな風に見ないでよ……」
「目?俺の目がどうかしたのか?」
「その目をやめてって言ってるの!」
真白の奴、随分と感情的になってるな……俺の目がどうしたっていうんだ?
俺は数回瞬きをしたあと、軽く手のひらで目をこすってみる。
「こんなもんか?別になんともなってないと思うけど」
「変わってないわよ……いいわ、それが悠一の答えってわけね」
「真白……?」
「どうなっても知らないからね!後から謝っても遅いんだから!」
そう言って、真白は自宅の方へ走り去ってしまった。なんだろう、俺にそんなおかしなことが起きているのか?帰って、鏡で確認してみるか。
気付けば、周りの雰囲気も元通りに戻っている。一時的なものか?俺の目と何か関係があるんだろうか。
自宅に戻った俺は、洗面所でにらめっこをしてみるが、別に普通だな。真白にはどんな風に見えていたんだろう。
明日にでも聞いてみたいところだが、かなり怒らせてしまった様だからな……せっかく彼氏ができるかもしれないって時に、マズい対応をしてしまったか。妙な感覚なんか気にせずに、もう少しちゃんと聞いてやるべきだったかも。
とは言え、俺に出来ることなんて背中を押してやるくらいだよな。ただ、やたら俺の反応を気にしてたみたいだが……もしかして真白は俺に気があったんだろうか。そう考えれば俺の塩対応に怒ったとしても、不思議ではないな。
まあそうだとしても、俺にとって真白は仲のいい幼馴染でしかない。変に気を持たせるより、スッキリ未練を断ち切らせて、今回のチャンスを活かせる様にしてやらないとな。
翌日の登校時、通学路の途中にある公園の入り口付近で、真白が待ち構えていた。相当なレベルでご機嫌ナナメの様子だ。
それと同時に、昨日のあの妙な感覚にも包まれてしまう。だが今日は真白と話をするため、一切気にしないようにする。
「おはよう真白。何か話……あるんだよな」
「……こっち来て」
俺たちは公園の中に入り、ベンチに鞄を置いて向かい合う。座ってできるような話ではないってことか。
「えっと、昨日はごめん。真白にとっては大事なことなのに、話半分で聞き流していた」
「……それはもういい。悠一も何か様子がヘンだったし」
そうは言っても不機嫌モードは変わらない。これは最悪、友情も幼馴染の関係もブッ壊れる覚悟がいりそうだ。
「昨日の質問、答えてくれる?私、小山君と付き合ってもいいの?」
「……それ、気になってたんだけど、告白されたことを俺の本音を聞き出すための、駆け引きに使おうとしてる?もしかして真白って、俺のこと好きだったり?」
真白の表情がパアッと明るくなる。ああダメだ、からかうための笑顔じゃない。本気で俺のこと……
「わ、私は……!」
「いや、それは自惚れが過ぎるか。すまん、今のは忘れてくれ」
「え……」
「普通に考えて、モテない俺へのマウント取りだよな。だが見てろよ?俺だって可愛い彼女、作ってやるからな!」
……これでどうだ?俺への想いを抑えてうまく乗っかってくれたら、また幼馴染のままでいられるんだが。
「そっか……そうなんだ。やっぱり悠一って、私のことなんかどうでもいいんだ」
「おいおい、何を言っているんだ?俺にとって真白は大切な幼馴染で……」
「嘘よ!だったらどうして、私のこと知らない人を見るような目で見るの!」
———!!!
その言葉で、ようやく俺は理解した。
全ての事柄が遠くに感じる理由も、真白から見て俺の目がおかしく感じるのも、俺が女の顔をした真白を知らないからだ。
そういえば白川さんの時もそうだった。ただ、真白のように近くにいなかったから気付けなかったんだろう。
遠い世界の話だと思うことが、こんなにも影響が出るものなのか?俺って、こんなに恋愛感情に疎い人間だっけ?確かに、誰かに恋焦がれるような想いは持ったことなかったような……あれ?俺、初恋すらしていない!?
「あの、真白……?」
「もういい、私に話しかけないで!」
「そうじゃなくてだな、小山への返事……」
「うるさい!悠一のバカァ!」
真白は鞄を手に取り、泣きながら走っていってしまった。
最後に、俺への当てつけの様に付き合ったりしたら失敗するぞ、ってアドバイスしたかったんだが……あれじゃ聞き入れてくれないか。せめて上手く行くよう、祈るしかないな。
後日、真白は小山君と付き合い始めたのだが、懸念した通りまるでこれ見よがしに、俺に見せつけるようにイチャつこうとしたため、怒った小山君と大ゲンカになり、一週間ほどで別れてしまった。
それ以来、真白は俺の顔を見ると、ものすごい憎しみのこもった目で睨んでくるようになった。
俺が悪かったのは確かなんだが、どうすればこんな状況を回避することができたのだろうか。
今も答えは出せないまま、俺は高校生活を寂しく過ごしている……
—完—
壊れているのは俺だったのか? アスティア @srs3a
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