【総評・所感】

 企画の設定段階ではうまくいくとは到底思えないような仕掛けでもあった、本自主企画。しかし、実際には主催者の予想を超えた反響があったように思う。当然、想定通りの事ばかりではなかったが、大きな破綻もないまま幕を閉じることが出来たのは僥倖でもあったと思います。


 しかしながら、掌編から十万文字に及ぶ長編までを同じ土俵で闘わせるという無茶は、やはりハードルとして高かったように思う。結果、推薦作品の中には一万文字を超える中編以上の作品は一つも含まれていないという、なんとも残念な結果に終わってしまいました。果敢にも長編作品に挑んでくださった読者がいたことを思うと、この選定は些か慚愧に堪えないものでもあることは事実です。

 ファイナリストに選ばれた作品は、ではありますが3票以上獲得した作品ばかりでした。

 もちろん、推薦の中には長編作品に贈られた票もいくつかあったのですが、いかんせん読んだ読者が少ないという事実に阻まれ、有効となる意見の積み重ねを得られなかったのは、非常に心苦しいものです。

 運営の仕方にももう少し配慮を施し、次回開催には長い作品にも光を当てられるような仕掛けをしたいと思っております。

 唯一、成果として挙げるならば……

 他の企画などでは殆ど対象外となっている一万文字クラスの作品が多く含まれていたことと、それらにも光を当てることができたことでしょうか。


◯上月祈 かみづきいのり様「群像の鳥」 全9話 41,837文字

https://kakuyomu.jp/works/16816700425985372775

◯リエミ様「雨の降る街」 全7話 17,043文字(途中辞退の模様)

https://kakuyomu.jp/works/16816927860386269765


 こちら二作品は推薦票も入っており、また私自身も実際に読んで心打たれる作品であったことは間違いありません。


 『群像の鳥』は、一人の故人を隣人達による多重視点によって描き出すという、かなり斬新な手法が用いられており非常に感銘を受けました。今回はより得票数の多かった『夏飾り』を取り上げてしまいましたが、仮にもう一票入っていれば私の判断も変わっていたような気がします。

 また『雨の降る街』は、もう……ただひたすらに情景描写が美しく鮮やかで、終始脳内に映像が描き出されっぱなしでした。途中で参加リストから消えていたのが悔やまれます。最後までご参加いただけたら、今作を選んでいたような気がするだけに……惜しい気持ちでいっぱいです。



 そのような事情もあり、最後に主催者特権で中・長編作品を二作品推薦したいと思います。



● 梨子割(なしわり) / つるよしの

https://kakuyomu.jp/works/16818023212696611765

・全32話 95,608文字


 BLやらなんやらという、わかりやすい流行りのタグをつけることは現代・カクヨムにおいては必須なのかもしれませんが、そういう名称レッテルをつけることで却って解釈の幅なり受け取り手を狭めているのではないかという危惧さえも感じました。少なくとも今作は、そんな薄っぺらなレッテルで表現できるような代物ではない、そもそもそんな必要も無いほどの大作であると感じます。あるいは、タグには惑わされないほど現世の読み手のスキルが高い事を、筆者は信じているのかもしれません。

 しかし(あくまでも私個人の印象ですが)作品の完成度の高さ故に、付けられたタグなりカクヨム読者の読みスキルなりが現状では全く追いつけていないような気がします。手垢のついた、わかりやすいジャンルで表現することは、多数に訴求する効果がある一方で、作品の価値を正しく表せていない様に、どうしても感じてしまうのです。

 酷い言い方をするなら、このコロシアムに参加するには当作品は「大人げない」ほどにレベルが高すぎる気がしました。闘う場が既に狭苦しい事になっている、もっと上のフィールドで闘う作品ではないかと。学校の運動会にオリンピック選手が乗り込んできたような、そんな畏怖すら感じました。

 上質な文章によって紡がれる物語は、読む人を選ばないほどわかりやすく読みやすい。それでいて内容は容赦の無い鋭さであり、緻密。テーマがやや人を選ぶきらいはありますが、文学を嗜む者なら読んでおいて損の無い、傑作であると思います。


https://kakuyomu.jp/works/16818023212696611765/reviews/16818622172627452913

https://kakuyomu.jp/works/16818023212696611765/reviews/16818622173255604107


 


 そして最後に、この作品を推薦いたします。


● 『“The life is beautiful” to you』 / 海

https://kakuyomu.jp/works/16818093074825368374

・全10話 20,930文字


 この作者様の描き出す精神世界は、毎度のことながら私個人にどこまでも馴染む思いがします。これ以上重くても軽くてもいけない、という奇跡的で極限なまでの適切さ。描写は、平易なものを用いられており誰でもすんなり読めるものです。そして、描かれている事柄は暗部を多く含みながらも、過激に過ぎるということもありません。現に、「過激さ」「苛烈さ」「重さ」で言うなら今作を上回るものがコロシアムの中にいくつかありました。語弊を恐れずに云えば、文章の巧みさも猛者がひしめくコロシアム中では並の域でしょう。

 しかし、だからこそ私にはのです。

 この作者様は、『梨割り』のような完成度の高さも、『早生』のような苛烈さも、『夏飾り』のような美しい儚さも、持ち合わせていないかもしれません。

 しかし、誰かから借りてきたような言葉ではなく名作の引用でもなく技巧におもねったものでもなく、真に自らの深淵から湧き上がってきた「手持ちの言葉」を尽くして織り上げられた作品であることを明確に感じるのです。今の、自分の持ち出せるすべてを注ぎ込んだ、飾ることもカッコつけることも成されていない、なまの、きた血の通った言葉であることが一文節一文字から感じるのです。これは、技術を極め評価を受けたことのある人間には決してできない激情のようでいて、愚直で静かな表現です。


 そして、その執筆姿勢はまさに私自身と重なるのです。

 私自身の作品も、このコロシアムでファイナリストに勝ち上がった作品に比べれば稚拙で軽薄なものでしかありません。それでも、世に響けと願い一文字一文節を積み上げていくその愚かしくも愛おしい創作精神こそが、私の支えでもあるのです。


 敢えて作品ではなくこの作者様に言及したのは、作品を読みながら……物語と作中の登場人物に加えて、筆者様にまで憑依することが出来たと感じたからです。この筆者は間違いなく、自分と同じ深淵を覗いたことがある人間だと。

 そんな今作からは、私の心の穴はこの人の作品でしか埋められない、という確信すら感じます。


 では、そんな作品が他の読者に読まれるのか?

 とお思いでしょうが……実際その通りで、1話2話で灯っていたハートのランプが3話から消失しているのを見て私自身は……些か不適切な表現になりますが、高笑いすら覚えました。

「どうだ、見たか……カクヨム読者共よ! 誰であろうとも、この物語を正しく読み解き受け止め切れる者など、この私の他にいるわけがないのだ! 喩えここに集いし歴戦の純文読者であったとしても──!!」 と。

 この物語を最後まで噛み締めた私には、間違いなく、この物語は私でなければ刺さらない、受け取れないという自信がありましたから。それほどに、私にとっては正しく適切な重さを持った物語なのです。


 私の得意の仏教説話になぞらえて申せば

 ────かつて親鸞は、

弥陀みだ五劫思惟ごこうしゆいの願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ────』

 と言ったと伝わっております。(※)


 仏道を歩み万世の民草すべてを救う使者であるはずの一介の僧であり、また現代までその精神性の高さを称えられる高僧親鸞しんらんが、阿弥陀如来の尊き教えを、こともあろうに「幾年の時を経て弥陀の本願が伝わってきたのは、だったのだ」と言い切っているのです。

 何処からどう見ても不適切に思える身勝手なまでの……この独善性こそが、作品を受け取るに値する虚ろの深さの証左でもあるのです。


 心動かす音楽や映画、その他作品に出会った時、誰しも一度は、

「この作品は正に、私のために作られたものだ……!」

 と感じたことがあるでしょう。

 その、一対一の閉じられた関係性こそが作品と自分とをつなぐ唯一無二の感動を生むのは事実なのです。

 普段取り繕って、万人向けの作品を描いている私でも、その深淵を覗き見ればどんな作品でも埋められないほどの罪深き所業と抗えぬ闇を内包する人間でもあるのです。

 それは、万人向けの人気作品などでは決して持ち得ない、誰がなんと言おうと精神の合体感、合一感を持つのですから。


 純文学作品を語る、『書く・読む』上で決して外してはいけない要素として、ある種の『独善性』というものが上げられると思います。もっとわかりやすく『エゴ』と云ってもいいでしょう。そしてそれは、作者と読者のそれが合わさった時に最高の結果をもたらすものでもあるのです。


 他の誰に伝わらなくても構わない……と、作者ではない私が言ってはいけないことであるのは重々承知の上で……この作品を主催者特権を乱用してでも、私自身の独断で……私だけのファイナリストとして推薦したいと思います。

 そしてこれは、『得票数に依らない』などと銘打っておきながら結局多数決のように作品を選んでしまった今回の選定に対する、己の不甲斐なさへの戒めとしても────


 レビューコメントには十人に一人、と述べましたが……あるいは千人に一人かもしれません。いつかこの作品と、参加してくださった作品たち、そして全ての非ラノベ作品たちが刺さる読者に出会えることを願って。







(※)意訳:

 『阿弥陀如来が、もと法蔵菩薩であらせられたいにしえに、こう※という途方もない永い間の思案を凝らした末に、これしかないと、立てて下さった念仏往生の本願の意味を、よくよくかみしめてみると、ただひとえにこの親鸞一人のためであったのです。

 思えば、十方一切の仏たちも導きようのない者を、法にそむき真実に背を向け、如来から逃げることしか知らぬこの私を目当てとして、逃げても背いても否応なく、耳から入る南無阿弥陀仏の声となって、耳から心へ忍び込んで救い取ろうと誓って下さったとは、何というお慈悲でありましょうか。

 そもそも、如来にそんな本願を起こさせねばならぬほどに果てしなく罪深い身であるにもかかわらず、このわたしが救わずにおかぬと立ち上がって下さった本願の、何とかたじけないことでありましょうか』


(一劫:神々における一二〇〇万年:太陽暦における四三億二千万年。五劫は二一六億年前)

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