お忍びデートに付き合わされることになりました
秋月ゆうみ
お忍びデートに付き合わされることになりました
バイト終わり、コンビニでソフトクリームを買って食べるのが日課だった。
がんばった自分へのご褒美だ。
この日は新発売のいちごのソフトクリームにした。
「きゃっ」
コンビニを出るとき、ぐちゅといやな音がした。
コンビニに入ろうとしていた女性にぶつかったのだ。
ソフトクリームが女性のシャツにあたっている。
わたしのソフトクリーム……!
じゃなくて、まずは女性のシャツの心配をしないと。
「ごめんなさいっ!」
女性が着ていたのは白いフリルシャツだった。
右胸のところにピンク色のシミができてしまって、おしゃれな服が台無しだった。
「えっと、ティッシュ!」
かばんからウェットティッシュを取り出して拭こうとしたけれど、片手にソフトクリームを持っているから、取り出せない。
「持っててくれますか?」
私は相手にアイスクリームを手渡した。
ウェットティッシュを取り出して、シャツをふいた。
真っ白なシャツは、いちごの色を吸いこんでしまって、いくら拭いてもおちない。
弁償という言葉が頭に浮かんできた。
「もういいよ」
かわいらしい声だった。それに加えて芯があって、不思議な魅力をもつ声だった。
顔をあげると、彼女の顔の小ささに衝撃をおぼえた。
目鼻立ちのはっきりとした美人だけれど、愛らしい印象だった。目はまるく、唇はぷっくりしている。ニコリと微笑まれたら、男女とわずメロメロになってしまいそうだ。
洋服は白のフリルシャツに、黒のロングスカート。スカートは西遊非対称の個性的なデザインのものだった。
シャツはスカートの中にいれられ、ウエストが絞られている。彼女のウエストはあまりにも細くて、ごはんを食べているのかと疑うレベルだった。
「拭いてもとれないでしょう」
「……ごめんなさいっ! このお洋服いくらですか? 弁償代を……、でもそんなにいまお金持ってなくて、足りるかどうか」
「んー」
彼女は自分の唇に指をあてながら、私のことを見つめた。
どう反応したらいいのか分からなくて、私も彼女のことを見ていた。
彼女の表情からは感情が読み取れない。怒っているのか、そうでないのかも分からない。ただ無言のまま見つめられている。
彼女がとんでもないことを考えているんじゃないかと不安になってきた。
「弁償なんていいよ。その代わり、今日1日わたしに付き合って」
「……えっと、どういうことですか?」
「そのまんまの意味。今からデートしよっ」
このあとの予定は空いていた。
大学に行ってレポートの文献を借りたり、サークルの部屋に顔を出したりしようかなと思っていたけれど、今日しなくてもいい。
けれど、見ず知らずの人と1日一緒にいるなんて、何が起こるか分からない。
変なところに連れていかれて、お金を取られたりするかもしれないし……。
「このあと、……ちょっと用事があって」
「そっか。じゃあ弁償してもらおっかな。5万円」
「ご、5万!?」
彼女は私と同じ20歳くらいに見えた。
そんなに高いシャツを着ているなんて、いったい何者なんだろう。
「これブランド物なの。タグみる?」
彼女は長い髪を片方によせた。
白いうなじがあらわになる。甘くてちょっと大人っぽいいい香りがしてきて、思わずくらっとした。
彼女はシャツの後ろのえりをすこし持ち上げて、タグを見せてくる。英語でブランド名が書かれているけれど、ブランドにうとい私にはわからない。
「わかりました」
私は覚悟をきめた。
5万円なんて払えるわけがない。
それに彼女のことが気になって、もうすこし一緒にいたいと思った。
男女を惹きつける美貌の持ち主。遊び相手はたくさんいるだろうに、どうして私なんか誘ったんだろう。街で出会った見ず知らずの人なのに。
「じゃあ、決まり」
彼女はにこりと微笑んだ。
こちらまで嬉しくなってしまうほど魅力的な笑顔だった。
「これ、どうする?」
彼女はソフトクリームに視線をやった。
「ずっと持たせっぱなしで、ごめんなさい!」
ソフトクリームは溶けはじめていた。彼女の指には液体がついてしまっている。
私はウェットティッシュで彼女の指を拭いてから、ソフトクリームを受け取った。
食べるか、食べないか……。
「……そのシャツ、おろしたてですか?」
「今日おろしたやつだけど」
なら大丈夫だ。
私はソフトクリームに口をつけた。
だいぶ溶けてしまっているけれど、甘酸っぱくておいしい。
バイトで疲れた体に甘さがしみわたる。
「へんな人」
隣にいた彼女がぽつりとつぶやく。
いや、あなたのほうが変だけど!
超美人で、5万もするシャツ着てて、見ず知らずの人なんか遊びに誘って。
彼女は何者なんだろうと考えながら、ソフトクリームを食べおえた。
まず連れてこられたのは洋服屋さんだった。
彼女は1着のシャツを迷うことなく手にとると、試着室に入ってしまった。
「じゃん!」
試着室のカーテンがいきおいよく開く。
彼女は黒いシャツを着ていた。襟がざっくりとあいたデザインで細い鎖骨が出ている。
もともと着ていた黒のロングスカートとも合っていた。
彼女はポーズをとってみせた。
あごをあげて、見下ろすような視線をすると、ロックバンドの歌姫に。スカートを持ち上げ、唇に指を当てて上目遣いをすると、ゴスロリ衣装のお嬢さまになった。
同じ洋服なのに、ポーズと表情だけでぜんぜん違う。
「どう?」
「す、すごっ……!」
「ふふん、似合ってる?」
「うん!」
「じゃあ、これにする」
私は近くにあった洋服のタグを見てみた。
6000円。
5万円のシャツは弁償できないけれど、この価格帯のお店の服なら買える。
「その服、気になるの?」
「え……?」
「あなたにはこっちのほうが似合うと思うな。大人かわいいワンピース! いま着てるトップスとパンツ、ダボッとしててスタイル悪く見えるし。これ着てみなって。すいませーん、試着お願いしますっ!」
断る隙もなかった。
ニコニコと店員さんがやってきて、試着室に案内されてしまう。
タグを見ると、1万円! そんなにする服なんて買ったことがなかった。
一度着てみせたら彼女も満足するだろう。仕方なく、ワンピースに着替えた。
「着てみたんですけど……」
試着室のカーテンの隙間から顔を出すと、彼女が待ち構えていた。
「見せて!」
彼女がカーテンを勢いよく開いた。
「いいっ、いいよ!!! わたしってば天才!」
鏡を見ると、見慣れない自分の姿があった。
普段はズボンばかりで、ワンピースなんてめったに着ない。
体を左右に動かすと、すそもふわりと揺れた。
「シルエットはかわいいけど、素材がサラサラだから、甘くなりすぎないの。あなたの顔はきれい系だから、よく似合う! ウエストの位置も高いから、スタイルよく見えるし!」
褒められているうちに、慣れないかっこうをしている気恥ずかしさがなくなっていった。
こういう洋服もありじゃない……!
初めての自分の姿にわくわくしてくる。
店員さんからも「よくお似合いですよ」と言われ、2人がニコニコしているうちに気が付けば手に紙袋を持っていた。
1万円もする洋服を買ってしまった。
来月はバイトのシフトを増やさないと。
「いい買い物したねっ」
彼女は弾む声で言った。いまにもスキップをし出しそうなほど機嫌がいい。
新しく買ったばかりの黒いシャツをさっそく着ている。
「あっー!」
「どしたの?」
「そのシャツ、私が買います!」
財布を取り出して、お札を確認すると3千円しか残っていなかった。
「いーよ、いーよ。」
「でも、5万円のシャツ汚しちゃったわけだし」
「あれ、もらいものだから、気にしないで」
5万円のシャツがもらえる?
彼女はお金持ちのお嬢さまなのだろうか。
「それより、カフェ行こっ。この近くで行きたいパフェのお店があるの!」
「お金が……」
「わたしが出すからっ!」
「それはちょっと」
友達でも何でもない人におごってもらうなんて気がひける。
「じゃあ、払ってもらおっかな。……5万円」
彼女はニコニコと微笑みを浮かべる。
悪魔の微笑みだ……!
「わ、わかりました……」
「うん、うん! 行こっ!」
彼女は私の手をとって歩き出した。繋いだ手は振られて、遠足に来た子どものような歩き方だった。
「ん、んんっー♪」
よほどご機嫌なのか、鼻歌まで聞こえてきた。
「わっー、おいしそー!!!」
やってきたパフェに彼女はご満悦だった。
シャインマスカットがクリームの上にしきつめられ、宝石のように輝いている。
私が頼んだマンゴーパフェも、マンゴーの果肉がみずみずしく光っていた。
「いただきますっ!」
彼女はすごい勢いでパフェに食らいついた。
「うっま!!!」
シャインマスカットが1粒、また1粒と彼女の口の中に消えていく。
私もマンゴーのパフェを食べはじめる。
熟したマンゴーは甘みがぎゅっとつまっていた。果肉をつぶすと濃厚な汁がひろがって、口の中が南国になった。
あまりの美味しさに私もばくばく食べすすめた。
彼女と私は10分もしないうちにパフェを食べきった。
「ふわぁっー! おいしかったぁー!!!」
彼女は両手をあげて、伸びをしながら言った。
「すっ、すみません」
隣のテーブルに座っていた女性が彼女に声をかけた。
「シェリールミの、かのんさんですか?」
「はい」
彼女がほほえみを浮かべると、話しかけてきた女性は「ぎゃっ!」と声をあげた。
「すっごく、ファンで! 先月の横アリ、さっいこうでした!!!」
「ありがとう!」
「うわぁ……、ちかくで見ても映像どおり……。いや、もっとすごいです! かわいすぎっ! あの、サインもらってもいいですか?」
「もちろん」
女性が取り出した紙に、彼女はサインを書いて渡した。
「それと……、写真もいいですか?」
「はーい」
彼女は女性に顔を近づけた。
緊張のせいか、スマホを構えるの女性の手は震えていた。
「かしてくれるかな?」
「は、はいっ!」
彼女は女性のスマホで何枚か写真をとった。
「これでいい?」
「ありがとうございます! 家宝にします!!! ……すみません、お食事しているところ声かけちゃって」
「ぜんぜん!」
「これからも応援してます。大好きですっ!!!!!」
「いつもありがとう。また会おうね」
「はい!!!!!」
女性はペコペコお辞儀をしながら、席にもどっていった。
「アイドルだったんですね……!」
「うん、バレちゃった。せっかくわたしのこと知らない人だったのにな」
彼女は唇をとがらせる。
女性が言っていた「シェリールミ」を検索すると、かわいい女の子の写真が出てきた。
8人組のアイドルグループ。
公式サイトのメンバー紹介を見ると、彼女の写真があった。
乙羽果音(Otoha Kanon)
完璧な美少女の微笑みだった。
「どうしてアイドルが街中でナンパみたいなことを……?」
「たしかに……! わたし、ナンパしたんだ!」
彼女はきゃっきゃと笑う。
それから真剣な表情になって、
「アイドルしてるとさ、人間わすれそうになるんだよね」
「……どういうこと?」
「んー、アイドルってすごいんだよ。ステージに立ったら、みんながキャーキャー言ってくれる。さっきの女性だって、わたしの一言ですごく喜んでくれたし。どんどん感覚がみんなとはズレていっちゃうの」
「それが人間わすれそうになるってこと?」
彼女がうなずいた。
「みんなライブのことを非日常って言うけど、わたしにとっては日常なの。熱気のこもった会場、スポットライト、コール、歓声……。体験したら、やみつきになる。もっと盛り上がりたいし、会場のみんなと1つになりたい。ほんと、最高の毎日!」
ライブのことを思い出しているのだろうか。
頬が赤くなって、目がきらきらと輝きだす。活き活きとしていた。
「もっとアイドルの活動を楽しむために、今日みたいな時間が必要なの。この世界にわたしにきゃーきゃー言わない人もいるんだなって思うと、みんなの歓声がもっと気持ちよくなるの」
説明されても、全然ピンとこなかった。
彼女の感覚は常人の私には理解できない。
住んでいる世界がちがうのだ。
「今日はありがとう。あなたのおかげで次のライブ、思いっきり楽しめそう!」
彼女は立ち上がると伝票を手に持った。
私も立ち上がろうとすると、首を横にふられた。
「デートはおしまい。わたしがお店を出てしばらくしたら、出ていいよ」
これでお別れなのだと思ったら、名残りおしくなってきた。
記憶に残そうと、彼女の顔をじっと見つめる。
「ふふ、わたしのファンになっちゃった? ライブ来てね。やっばいから! ちょー楽しいからっ!」
彼女は微笑みながらウインクをした。
そして、いなくなってしまった。
私はスマホでライブ映像を再生してみた。
ライブ中の彼女ははじけていた。笑顔で歌い、踊り、叫び、全身でライブを楽しんでいた。
さっきまで一緒にいた彼女と同じ顔だけれど、あまりにもキラキラしすぎて、別人のようだった。
この輝きをもっと目にしたい。
公式ホームページにもどると、お知らせのところにライブ情報がのっていた。
わたしはその日程をスケジュールアプリに書き込んだ。
バイトと大学の予定。ありきたりの予定が続くなかにライブが追加される。
彼女の熱が伝染したみたいにわくわくしてきて、その日がくるのが楽しみだった。
お忍びデートに付き合わされることになりました 秋月ゆうみ @akizuki_yumi
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